モテ基準真逆の異世界に来ました~あざと可愛さは通用しないらしいので、イケメン宰相様と恋のレッスンに励みます!
第九章 私を騙したの?

1

いよいよ、クリスティアンの結婚が近付いて来た。その準備に向けて、グレゴールはひどく多忙な様子である。

 私はといえば、引き続き家庭教師から学んだり、メルセデスとファッション談義をしたり買い物に出かけたり、といった毎日だ。

 その日、私は厨房で牛丼サンドの仕上げをしていた。今日は、久々に離宮を訪問するので、榎本さんへの差し入れをこしらえたのだ。……そして、持参する物は他にもある。

「う~、いい匂い!」

 そこへ、匂いにつられたのか、メルセデスが厨房へ顔をのぞかせた。

「メルセデス様の分もご用意してますよ」

 調理台上には、膨大な量のサンドイッチが並んでいる。ハイネマン邸の人たちにも、振る舞うためだ。グレゴールとメルセデスは、牛丼サンドをひどく気に入ってくれた。それどころか、ヘルマンやハイジら使用人たちも、これにはまったのである。今やハイネマン邸では、空前の牛丼ブームが起きているのだ。

(大分、本物の牛丼の味に近付いてきたしね……)

 グレゴールの命令で、ヘルマンは調味料をあれこれ取りそろえてくれた。おかげで、以前よりも醤油に近い味を出せるようになったのだ。  

「ありがとう。温かいうちにいただこうっと」

 言いながらメルセデスは、早くもサンドイッチに手を伸ばしている。良家の子女らしからぬ振る舞いだが、彼女がやると何でも様になるから、不思議である。

「あら、ベニショウガバージョンにしてくれたのね。嬉しいわ。これ、お気に入りなの」

「……渋いですね」

 牛丼ファンの中には、紅生姜を載せる人もいることを思い出した私は、チャレンジしてみたのだ。幸い、生姜、梅、紫蘇など、必要な材料はそろった。それを加えてみたところ、これまた人気が出たのである。

「あ~、美味しい。二日酔いにも効くわね、これ。昨夜の舞踏会、飲み過ぎてしまって」

 メルセデスは、爆食している。最近の彼女は、クライン公爵の長男・アルノーと、連れ立って夜会に参加することが多い。婚約も間近では、と巷では噂されている。

「ああ、舞踏会といえば。カロリーネ、めっきり見かけなくなったわよ。昨夜も不参加だった」

 メルセデスが、意味ありげに言う。カロリーネが表に出なくなったのは、役者とのスキャンダルが公になったからである。何と、あのヨハンという役者は、彼女の愛人だったのだ。だからあの公演の後、彼女に頼まれて、私を陥れる計画に急遽一役買ったのである。

そして、カロリーネのスキャンダルの噂を流したのは、あの時一緒だった、取り巻き令嬢たちである。グレゴールは、各家にそれぞれビジネス上の便宜を図ることをチラつかせて、彼女たちを寝返らせたのだ。

「計画が失敗したどころか、自分に跳ね返ってくるなんて、いい気味だこと」

メルセデスは、クスッと笑った。

「それから、あのヨハンとかいう役者だけど、他国へ移住したそうよ」

「え? どうして、また」

 私がきょとんとすると、メルセデスはますます可笑しそうにした。

「グレゴールよ。彼、劇場の責任者に言って、ヨハンを芝居に出させないようにしたの。あの劇場だけでなく、他の劇場にも根回ししてね。おかげでイルディリアでは、仕事が無くなったってわけ」

「ええ……、そこまで?」

 私は、少しヨハンを気の毒に思った。

「グレゴール様って、やる時は徹底的なんですね」

 するとメルセデスは、何だか含みのある笑みを浮かべた。

「ん~、場合によりけり、じゃないかしら?」

「どういう意味です?」

 別に、と彼女はかぶりを振った。

「しかし、カロリーネの話に戻るけれど、とことん卑劣ねえ。あんな女が義妹にならなくて、本当によかったわ」

「義妹!? そんなお話が?」

 私は、思わず大声を出してしまった。メルセデスが、チラと私を見る。

「気になるの? あの二人のこと」

「いえ、そのような……。えーと、カロリーネ様はグレゴール様のことを、兄妹みたいなものだ~、とか仰っていたので。それで、少し意外と言いますか……」

 言い訳としては無理があるとわかっていたが、取りあえずそう答える。メルセデスは、やや口の端を上げて微笑んだ。

「まあ、そういうことにしておきましょうか。正直、そんな話がチラッと持ち上がったこともあったのよ。カロリーネは、昔からグレゴールにご執心だから。でもグレゴールの方で、上手に言い訳をこしらえて、お断りしたわ」

 明らかに、ほっとする自分がいた。

(一度お断りしたってことは、二度は無いかな? まあ、私には何も言う資格は無いのだけれど……)

「それから、兄妹みたい、なんてのは大嘘よ。カロリーネが、そう吹聴しているだけ。グレゴールは、彼女を大嫌いだから。あ、私もね」

 メルセデスが、付け加える。

「カロリーネの、『私は王弟殿下の娘ですけど全然気取ってませんわよ』アピール、鼻について仕方ないのだもの」

 それはまさに私が抱いていた感想と同じで、私は思わず吹き出した。

「大体、エマヌエルとグレゴールの関係を見ていればわかるでしょ、それが嘘だって。……ああ、エマヌエルと言えば」

 メルセデスは、思い出したように顔をしかめた。

「私、以前大迷惑したのよ。しつこく口説かれてね。支離滅裂なラブレターを、大量によこされたわ」

 私にも送って来ていたんだっけ、と私は思い出した。それでメルセデスはあの時、手紙の様子を知っている風だったのか。

「それで、どうされたんです?」

「もちろん、お断りの手紙を出したわ。遠回しに、皮肉を込めてね」

 兄妹そろって、失恋ということか。気の毒なような滑稽なような、と思っていると、グレゴールが厨房へ顔をのぞかせた。

「そろそろ、用意はできたか」
< 68 / 104 >

この作品をシェア

pagetop