愛されることに 慣れていなくて

★ 久我山隼斗

俺は彼女を残したまま部屋を出た。


「参ったな、見ず知らずか…」

スーツの内ポケットに収めていた、淡いブルーのハンカチを握り締め苦笑した。


駐車場まで行くと、執事の早水(はやみず)さんが運転席で待っていた。
俺の姿を見つけるや否や車から降り、後部座席のドアを開ける。

「いつここへ?」

「30分ほど前でしょうか」

「そうか、待たせたね」

「とんでもございません。さっ、どうぞ」

俺が乗り込むのを待ってドアを閉め、自分は再度運転席へ戻った。

「いかがでしたか?」

「ん?」

「菜々子様です」

「早水さんには敵わないな。なんでもお見通しか」

「私は隼人様の執事ですから」

「住んでくれることになったよ。少々強引になってしまったけどね」

「さようでございますか。後悔なさっているのですか?」

「いいや。まさかこんな形になってしまうとは思ってもみなかったけどね。今日からホテルに泊まるよ。ここから近い所がいいな。うちのホテルに空きがあればそこでいい。さすがに俺がいたら彼女も落ち着かないだろう」

「かしこまりました。手配いたします」

「それから明日、彼女のアパートの荷物を全てここまで運んで欲しい。急で申し訳ないけど」

「かしこまりました。そちらも手配いたします」


早水さんは俺の要望を淡々とこなす。
それはいつもそつがない。そして、俺が何を望んでいるのか的確に捉え備えてくれる。完璧な執事とはまさしく彼のことをいうのだろう。
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