あなたしか知らない
それでも言えない
十一月に入って、小早川教授のチームの研究成果をもとに、西尾製薬を中心に国内の大学や企業が共同で新薬の開発をすることが公式に発表された。
祐奈はマンションのリビングルームで、母とソファーに座ってニュースを見ていた。
東京で開かれている記者会見の様子を取材したものを、女性アナウンサーが淡々と伝えている。
映像には小早川教授と西尾広宗が並んで映り、ふたりが握手するシーンまでが放送されている。
(もう、ここまでにしよう)
夏以来、凌とは何度も会ってきたがもう終わりにしないといけない。
なにかの拍子に母の存在がわかってしまったら、こんなに立派な西尾社長の評判に傷が付いてしまう。
「広宗さんの新しいお仕事だわ」
すっかり痩せてしまった母は、弱々しい声ながらいつもより嬉しそうに話しかけてくる。
「そうだね。テレビ映りがいいね、西尾社長」
「もともと素敵な人だもの」
母は心から尊敬する人の晴れ姿を、画面に食い入るように見つめている。
「新しいお薬の開発を複数の会社が協力して進めるだなんて、画期的なことなのね」
母は西尾社長の姿が見られたうえに、仕事の内容にも感動しているようだ。
きっとこの会場のどこかに凌もいるのだろう。
母の幸せそうな横顔を見ながら、祐奈は泣きそうになっていた。
祐奈はやっと今回の仕事がいかに大がかりなもので、西尾社長や凌が世間の注目を集める存在なのかがよくわかったのだ。
(もう会えない)
凌は祐奈とは住む世界が違う人だと頭の中でわかっているつもりだった。
でも目の前の現実が、祐奈に突き刺さった。こんなにも身に染みたのは初めてだ。
(次の約束はしていないもの。もう会わないようにしよう)
ふたりで会えなくても、これまでの思い出さえあればいいと祐奈は必死で思いこもうとしていた。
「祐奈……あ……」
「お母さん?」
急に隣に座っていた母が苦しそうな声をあげたので慌てて横を向くと、目を閉じたまま眉をしかめて痛みに耐えているようだ。
「頭が痛いの……」
そう言うのがやっとだったのか、母は意識を失った。
「お母さん! しっかりして!」
祐奈は救急車を呼んだ。祐奈の声に、母が答えることはなかった。