あなたしか知らない
もう一度、はじめから
三が日が明けてすぐに仕事に戻った祐奈は、ロジャーが心配するほど根を詰めて働いていた。
研究室で仕事に向きあっている時はすべてを忘れられるのだ。
契約では、ふたりが日本にいられるのは春までだ。
(仕事が終わったら、一日も早くカナダに帰ろう)
祐奈は凌との思い出を胸に秘めたまま、日本を離れる日まで無心に働こうと決めていた。
***
「祐奈さん、帰る前にチョッと私の部屋まで来てくれる?」
そろそろ節分が近くなった頃、研究室の横にリーダーとして部屋を与えられている瑠佳から声がかかった。
白衣から通勤用のセーターとスカートに着換えた祐奈がドアをノックすると、「どうぞ」と柔らかい声が聞こえた。
瑠佳もすでに着換えていて、奥様らしいツインニット姿だ。
「お疲れさま。ハーブティーはいかが?」
「ありがとうございます」
デスクの前に小さなテーブルと椅子がある。そこ祐奈が座ると、温かいお茶をわざわざ瑠佳が淹れてくれた。
「少しお話ししたかったの」
瑠佳が言っているのは、恐らく凌のことだろうと覚悟した。
「あなたへ面会の申し出や電話が何度もあったと聞いたの。相手が西尾さんと聞いて驚いたわ。ずっとお断りしているそうね」
「はい」
祐奈は以前のスマートフォンとは番号もアドレスも変えていたので、会社に凌から何度も連絡があったのだ。
「よかったら理由を伺ってもいいかしら」
「それは……」
祐奈は口ごもった。仕事の関係上、凌を避けるのは得策ではないと責められると思ったのだ。
「ごめんなさい。きっとプライベートなことよね」
「瑠佳さん、申し訳ありません」
「そんなこと言わないで。お正月のパーティーで、ふたりの間に見えないなにかがあるように思ったの」
あの短時間で瑠佳にはなにか伝わっていたようだ。
「西尾さんとてもいい方だし、真剣にあなたと話したがっているわ」
凌から過去のことを聞いているのか、祐奈は瑠佳がどこまで知っているのか不安になった。
「私の昔話を聞いてもらえる?」
重苦しい沈黙のあと、お茶目な表情で瑠佳が話題を変えてきた。
「この会社の『K&T』はね、私の夫の友哉と、彼の従兄弟の航大さんの名前にちなんでいるの」
「それでKとTだったんですね」
「私の姉と航大さんが恋人同士だったのよ。お正月のパーティーが開かれたのは、航大さんのご実家よ」
「航大さんとお姉様のおふたりはお留守だったんですか?」
屋敷で姿を見なかったなと祐奈が口にすると、瑠佳は悲しそうに眼を伏せた。
「もう、いないの。子どもを遺して亡くなってしまったわ」
「そんな……」