※追加更新終了【短編集】恋人になってくれませんか?
「さすがに会話も成り立たなかったら結婚なんてできないでしょ?」

「じょ……冗談ですよね?」


 そう思っていても、頬は紅く染まるし、心臓はバクバクと騒いでしまうもので。クラウドは何も言わぬまま、ニコニコと真意の窺えない笑みを浮かべていた。

 クラウドに婚約者でもいれば、冗談だと断定し笑い飛ばすこともできようが、生憎彼には未だそういった相手はいない。


(ど、どうしよう……)


 なにを言えば良いのか、どう反応すれば良いのか、サラには正解が分からない。混乱で頭がグルグルする。


「クラウド」


 その時、アザゼルの声が聞こえた。眠そうな、不機嫌そうな声だ。
 アザゼルはむくりと起き上がると、クラウドの眉間を拳で軽く小突いた。


「うるさい」

「えーー?うるさかった?ごめんごめん」


 全く悪びれる様子なく、クラウドは答える。アザゼルは大きく伸びをすると、今度はサラに向き直った。

 サラの心臓が小さく跳ねる。半日付きまとってきて、彼がサラを視界に入れてくれるのはこれが初めてだった。


(いつもなら、こんなの当たり前なのに……)


 何やら妙に嬉しく、感慨深い。大きな達成感にサラは笑った。
 けれどアザゼルは再びふいと顔を背けると、大きなため息を吐いた。


「この調子なら問題なさそうだな」

「えっ、何が?」


 サラが聞き返すと、アザゼルは意地悪気な笑みを浮かべた。


「新しい婚約者がすぐにも見つかりそうじゃねぇか。これで安心して俺から離れられるだろ」


 口調は相変わらず荒々しく強いし、言ってることだって、サラを拒否する言葉だ。けれど、どうしてだろう。サラには何故かそれがアザゼルの本心では無いように感じられた。


(もしかして、アザゼルの心はちゃんと残ってる?)


 勘違いかもしれない。サラの願望がそう感じさせるのかも。本当は今すぐアザゼルにすがり付きたかったし、戻ってきてと泣きたかった。けれどサラは大きく首を横に振ると、身を乗り出した。


「なに言ってるの?私は婚約破棄なんて認めないって言ったでしょう?」


 サラの言葉に、アザゼルは機嫌悪そうに小さく舌打ちをする。

 けれど次の瞬間、クラウドを初め、側にいたクラスメイト達がすごい勢いで周りを取り囲んだ。


「アザゼルとサラが婚約破棄!?」

「様子が変だと思ってたら、それが原因なの?」

「俺たちにもついにチャンスが!?」


 思ってもみなかった反響にサラはたじろぐ。


(何!?何がそんなに面白いの?どうして皆、こんな……)


「バーーカ」


 周囲の反応に戸惑うサラへ、アザゼルが冷たくそう言い放った。サラの唇がワナワナ震える。


(やっぱりこんなの、アザゼルじゃない!悪魔よ、悪魔!)


 盛大にため息を吐きながら、サラは項垂れた。


< 174 / 528 >

この作品をシェア

pagetop