※追加更新終了【短編集】恋人になってくれませんか?
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 アグライヤとヴァルカヌスの付き合いは長い。それぞれの弟と妹が婚約を結んだ時――――今から八年ほど前に始まった。両親の仲が良く度々引き合わされたこと、共に穏やかで物静かな性格をしていたことから良き友人、ライバルとして過ごしてきた。

 アグライヤは両親から『おまえが男に生まれていたら』と切望されるほど優秀な女性で、勉学や乗馬、剣術等はもちろんのこと、令嬢に求められる作法や嗜みなども卒なくこなす。女性的な話口調ではないものの、穏やかで落ち着いた声音で話すためか、それがかえって上品に感じられる。典雅でたおやかな美しさ――――奔放かつ華美な印象のウェヌスとは真逆のタイプだった。


「良かったね、姉さん」


 こちらをチラリとも見ぬまま、弟が言う。何が、とかどうして、といった補足はない。アグライヤは小さく笑いながら首を横に振った。


「ヴァルカヌスが苦しんでいるのだ――――良いことなど何もない。それに、あいつにとって、わたしはただの友人だ」


 けれど、ヴァルカヌスにとってはただの友人であっても、アグライヤにとっては違う。

 アグライヤはずっと、ヴァルカヌスのことが好きだった。どうして、とかいつからとか、そういうことも分からない程に、気づけば好きになっていた。

 しかし、そうと気づいた時には既にヴァルカヌスにはウェヌスという婚約者がいた。想いを押し殺して側に居ることは苦しいが、彼に会えなくなることの方がもっと苦しい。
 そうして友人関係を続けて数年――――彼の婚約がまさかこんな形で終わりを迎えようとは想像もしていなかったのである。


「だけど姉さん、貴族にとって結婚は義務だ。ヴァルカヌスもいずれ、誰かと結婚をしなければならないのだし……」

「あいつにとってわたしは女ではない。今後結婚相手を探すとして、わたしの名前が上がることは無いだろう」


 言いながら、アグライヤは小さくため息を吐く。
 親兄弟よりも近しく、それ故に誰よりも遠い。だからこそ、今さら男女の関係にはなれないだろうとアグライヤは考える。


(わたしはあいつの友達)


 何者にも断ち切れない絆が自分達には存在する。たとえ二人きりで会うことは無くとも、触れ合うことはできずとも、ヴァルカヌスの心の中にアグライヤの居場所があれば良いと、ずっと自分に言い聞かせてきた。それは、これから先もずっと変わらない。


「そう思うなら、姉さんもさっさと婚約したらどうですか? 山ほど来ている縁談を全て断るなんて勿体ない。叶わない恋だと分かっているなら、いい加減腹を括るべきだ」

「――――――そうだな。お前の言う通りだ」


 そう言ってアグライヤは悲し気に笑う。


(分かっているんだ、本当は)


 己の愚かさを笑いながら、アグライヤは踵を返した。


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