※追加更新終了【短編集】恋人になってくれませんか?
***


(冷えるな)


 バルコニーで風に当たりながら、アグライヤは一人苦笑した。のぼせ上がった頭を冷やすにはピッタリな夜だ。星が煌めき月明かりがアグライヤを優しく包み込む。


(落ち込むな……最初からこうなるかもしれないと思っていただろう?)


 移り気なウェヌスのことだ。唐突にヴァルカヌスが恋しくなったのかもしれない。既に十年近くの婚約期間があるのだし、復縁が叶えば二度と覆ることは無いだろう。


(とはいえ、今夜のこの場をどうするつもりだ?)


 今夜の婚約発表のために遠方の領地や外国から、多くの人が訪れている。ヴァルカヌスの両親の説得だって一筋縄ではいかないだろう。それら全てに折り合いをつける方法を、アグライヤには見つけらない。


(せめてそっち方面でヴァルカヌスを苦しめるのは止めて欲しいな)


 婚約破棄について、ヴァルカヌスには何の落ち度もない。矢面に立つのはウェヌス自身であってほしいとアグライヤは切に願う。


「――――見つけた。そこに居たのか」


 その時、背後からそんな声が聞こえた。けれどそれは、聞き慣れたヴァルカヌスの声ではない。
 ゆっくりと振り返れば、そこには世にも美しい銀髪の貴公子が立っていた。


「アレス殿下……?」


 間近で顔を合わせるのはこれが初めてだが、星色に輝く長髪に、碧い瞳、中性的な美しい顔立ちは間違いない。アレス殿下その人だろうと察しが付く。


「その通りだ。君がアグライヤだな」


 そう言ってアレスはアグライヤの側へと歩み寄る。アグライヤはハッと居住まいを正し、優雅な所作で頭を垂れた。


「失礼を致しました。殿下の仰る通り、わたしがアグライヤと申します」


 アグライヤのすぐ側まで来ると、アレスはピタリと立ち止まった。ビリビリと背筋が震えるような沈黙がバルコニーに流れる。アグライヤは頭を下げたまま、アレスの次の言葉を待ち続けた。


「ようやく君に直接会えた。君が――――私の求婚を断り続けた理由を教えてもらおうか」


 その瞬間、アグライヤは小さく目を見開く。


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