※追加更新終了【短編集】恋人になってくれませんか?
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「婚約を解消しましょう」


 ティアーシャが言う。彼女からの呼び出しに応じたエミールは、向かいの席で静かに息を呑んだ。


「本気で言っているのか?」

「ええ。これまで私のワガママのせいであなたを縛り付けていたこと、本当に申し訳なく思っています」


 そう言ってティアーシャは頭を下げる。エミールは慌てて首を横に振った。


「……いや、悪いのは明らかに僕の方だ。キッカケがどうであれ、両家が納得の上婚約を結んでいるんだ。あんな態度を取るべきではなかった。今さらではあるけれど、本当に反省している」


 一体どんな心境の変化だろう。エミールは後悔を滲ませながら、深々と頭を下げる。


「君の――――絵を見たんだ」

「……え?」

「先日、ディートリヒ様に呼び止められてね。君がどれだけ苦しんでいたか、悲しんでいたか知るべきだと言われた。頭を強くぶん殴られたような気分だったよ。本当に僕は、君のことを全く見ていなかったんだな」


 そう言ってエミールは、分厚い紙の束をティアーシャに手渡す。


「ノア様……」


 渡された紙に描かれているのは、どれも寂しそうな表情を浮かべたティアーシャだった。彼の目に映る自分はこんな表情をしていたのだろうか。ドレスやジュエリーで飾り立て、誰にも見せないようにしていた筈の自分の姿が、そこにありありと描かれている。ティアーシャの目頭がグッと熱くなった。


「今さらかもしれないが、やり直せないだろうか?」


 エミールが言う。彼の瞳は、これまで頑なに避け続けていたティアーシャのことを真っ直ぐに見つめていた。


「彼女とは別れた。これからは君を幸せにしたい。どうか僕の手を取ってくれないだろうか?」


 それは、ティアーシャがずっとずっと待ち望んでいた言葉だった。エミールに己を見てもらうこと、彼と共に幸せになることが、ティアーシャの望みだったのだが。


「私も――――あなたのことをきちんと見ていなかったみたい」


 ティアーシャはそう言って朗らかに微笑む。悲しみも憂いも、それから、何の欲も無くなった彼女の笑みは、あまりにも美しく光り輝いていて。エミールは静かに息を呑んだ。


「ごめんなさい。本当の私を見て欲しい人が――――好きになって欲しい人が居るの」


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