※追加更新終了【短編集】恋人になってくれませんか?
「お前の言う通り……ノナは二度と戻らない」


 その時、エーリの声がノナの意識を捉えた。未だ苦し気に喘いでいるが、瞳には理性が宿り、ベルやフィデルのことを貫くように見つめている。


「貴様っ! どうしてノナのことを⁉ 彼女の行方について、何か知っているのか⁉」


 そう叫んだのはフィデルだった。気色ばんだ様子で湖面に向かって身を乗り出している。エーリを恐れているのか、小刻みに身体が震えていた。


「当然だ。――――ノナは私の妻だからな」


 その瞬間、ノナの身体がふわりと宙に浮かび上がった。フィデルとベルが息を呑む音が聞こえる。ノナはそのまま、エーリの腕にしっかりと抱き締められた。


「エーリ様、どうして……? わたくし本当は、あなたの『番』では無いのに」


 ノナは涙を流しつつ、エーリのことをじっと見つめる。エーリはノナを優しく撫でつつ、今にも泣き出しそうな笑みを浮かべた。


「ノナ――――私はね。本能が求める番ではなく、君が欲しいと思った。あの湖で、いつも寂しそうに微笑んでいた君を、堪らなく愛しいと思ったんだ」


 ノナの心の欠けた部分に、エーリの言葉がピタリと嵌まる。まるで初めからそうなると決まっていたかのように、しっくりと馴染んだ。


「待って……! ノナ、そこを退きなさい! その人は私のものよ! 私がその人の妻になるべきなの! 絶対、そうに違いないわ!」


 その時、ベルの金切り声が聞こえてきた。エーリはベルを睨みつつ、ノナを優しく抱え上げる。それから言葉はいらないとばかりに首を横に振ると、ふいと顔を背けた。ベルは弾かれたように目を見開き、顔を真っ赤に染め上げる。
 己の番を認識し、それと離れて暮らすことは辛い。焦燥感と喪失感に苦しめばいいとばかりに、エーリはベルを顧みない。


「ノナ!」


 次いで叫んだのはフィデルだった。顔をクシャクシャに歪め、ノナに向かって必死に手を伸ばす。


「さようなら、フィデル様」


 その瞬間、フィデルには分かった。もう二度と、ノナが戻ってくることは無い。フィデルの手が決して届かない場所へ行き、この美しい竜人の妻として生きるのだろう、と。

 霞がノナ達を闇夜に溶かしていく。フィデルとベルは目を見開いたまま、呆然とその場に立ち尽くしていた。


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