ひねくれ御曹司は気高き蝶を慈しみたい
前編


 槙島灯至(まきしまとうじ)と初めて顔を合わせたのは、灯至の兄である明音(あかね)と婚約するべく設けられた結納の席だった。

「どうも、初めまして」

 灯至は自分の兄の結納の席だというのに退屈を隠そうともせず、ふてぶてしく肘置きに頬杖をついていた。

 ゆったりと寛ぐ灯至とは対照的に平松粧子(ひらまつしょうこ)は緊張のため、腿の上で重ねた手を固く握りしめた。
 着崩れしないようにキツく締められた帯は着物が仕事着の粧子ですら重く苦しいと感じた。
 深緑の絵羽柄の振袖は両親がこの日のために張り切って購入した物だ。着たくないという我儘は許されなかった。

 本当に降って湧いたような縁談だった。

 事の発端は半年ほど前のこと。粧子の大叔母の所有する土地が槙島家が主導になって推し進めている再開発計画の対象地域となったことが全ての始まりだった。

 槙島家と土地の売買と立ち退き交渉を進める中で、大叔母は次のように言った。

『粧子が槙島家に嫁げば土地を手放してもいい』

 大叔母のこの発言に当初、槙島家は難色を示した。平松家は江戸時代から続く由緒ある和菓子店を営んでいたが、この街一帯を統べる槙島家に比べればいくらか格下であることは間違いない。

 しかし、ここで大叔母の要求を跳ねのけては再開発計画が年単位で遅れることになる。大叔母の所有する土地は再開発地域の中心部。立ち退きは必須事項だった。

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