ひねくれ御曹司は気高き蝶を慈しみたい



「週に何日か、外で働きたいの……」

 その日、粧子は意を決して灯至に尋ねた。若女将の仕事を引退してから三ヶ月、何もせず部屋に篭りっきりでいるのもそろそろ限界だった。
 結婚以来、灯至からは自由に過ごしていいと言われていたが、大した趣味もなく暇であることに罪悪感を覚えるタイプの粧子には逆に苦痛だった。
 パートでも構わないから外で働きたいと常々思っており、灯至に話す機会を伺っていた。

「好きにしろ」
「反対しないの?」
「反対して欲しいのか?」

 灯至に尋ね返され、粧子は逆に困ってしまった。槙島の嫁が働く必要はないと反対されるものだと思って、どう説得しようか意気込んでいたのに。

「粧子が働きたいと思うなら働けばいい。ここは平松家じゃない。好きにしていい。どこで働くか決まったら教えてくれ」
「わかりました」
「粧子」

 話が終わり自室に戻ろうとした粧子を灯至が呼び止める。

「シャワーを浴びてくる。ベッドで待ってろ」
「……はい」
 
 墓参りの日以来、灯至が早く帰ってきた夜はこうしてベッドに来るように言い渡される。言いつけ通り主寝室のベッドに腰掛け十分ほど待つと、バスローブ姿の灯至がやって来る。幾度となく夜を共に過ごしたことで、灯至に抱かれる抵抗感はすっかり薄れてしまった。
 静かな夜に自分のものとは思えぬみだらな声が響いていく。

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