ひねくれ御曹司は気高き蝶を慈しみたい


 十一月某日。
 大叔母の遺体は入居していた老人ホームから生家である平松家に引き取られた。
 通夜は大叔母の亡くなった二日後、告別式はその翌日に執り行われることになった。
 喪主は大叔母の甥である平松の父が務め、参列者は近親者のみの質素なものとなった。

 出棺の日の朝、粧子は大叔母の棺の前に沈痛な面持ちで座っていた。

「粧子、頼まれていたものが用意できた」
「ごめんなさいね。無理を言って」

 灯至が差し出した便箋を開けると、中からは槙島の先代である吾郎の写真が現れた。写真を持ってきてもらうように頼んだのは粧子だった。せめて死出の旅路ぐらいは一緒にという勝手な願いだ。

「こうして見てみると、灯至さんと全然似てないわね……」

 写真の中の吾郎は口を一文字に結び、いかにも気難しそうな険しい表情をしていた。
 灯至との共通点を強いてあげるとすれば、意思の強そうな眉毛と鼻の形が少し似ているぐらいだ。
 吾郎の経営者として手腕はそれは見事なものだったらしい。戦後間もない頃、焼け野原だったこの地域一帯の復興にも尽力したそうで、彼の逸話は今でも語り継がれている。

 どうして大叔母さんは灯至さんのことを先代と間違えたのかしら……。

 モト子の看取りをしてくれた介護士の話では、夕食の時間になり部屋まで迎えにきたところ椅子の上でうたた寝をしてそのまま……ということだったらしい。
 苦しまずに眠るような最後だったらと願ってやまない。
 灯至と過ごした日々が大叔母の元に平穏をもたらしてくれていたなら嬉しい。
 粧子は写真を元通りに便箋にしまうと、花と一緒に棺の中に入れてやった。
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