罰ゲームで私はウソの告白をされるそうです~モブ令嬢なのに初恋をこじらせているヤンデレ王子に溺愛されています~

01 嫌な話を聞きました

 王族や貴族の令息令嬢しか通うことの許されない『王立フリティラリア学園』。

 現在、二名の王子たちも通っている由緒あるこの学園では、今、生徒たちの間でとあるカードゲームが流行っていた。

(ここでもやってるわ)

 伯爵令嬢リナリアは、学園のガーデン内にある屋根付きの簡易休息場をチラリと覗いてため息をついた。

(ガーデンの外れにあるこの休息場まで使われているなんて……。私たちはいったいどこでお弁当を食べればいいのよ?)

 学園内には生徒のための食堂もあるが、会いたくない人がいるのでできる限り行きたくない。多くの生徒たちは、学園内にある寮の中で生活しているが、学園の近くに都市用の邸宅を持っている生徒はそこから通うことが許されていた。

 リナリアもその一人で、食堂に行きたくないため、毎日伯爵家の料理人にお弁当を作ってもらっている。

(ケイトは、空いている場所を見つけられたかな?)

 ケイトは、リナリアのお弁当持参仲間の友達だ。リナリアとケイトは、伯爵令嬢という同じ地位なこともあり、学園に入学してすぐに意気投合した。そんなケイトも、別行動で空いている場所がないか探してくれている。

 仕方がないので、リナリアが他の場所を探すために歩き出すと、背後の休息場から歓声が上がった。

「やった、俺の勝ちだ!」

 やけに聞き覚えのある男子生徒の声が聞こえる。

 リナリアは、嫌な予感がして、向こうからは見えないように木の後ろに隠れながら休憩所をのぞいた。

 ガゼボとも呼ばれる休憩所の中心には、野外用のテーブルと椅子が置いてあり、その周りを白い柱が取り囲んでいる。休憩所には屋根があり日差しや雨を防げるようになっているが壁はないため、中の様子は丸見えだ。

 男子生徒の中で一際目を引く赤い髪が見えて、リナリアはゾッとした。それは、ケイトの兄サジェスだった。

 二つ学年が上のサジェスは、同じ学年の男子生徒たちとカードゲームで盛り上がっていて、リナリアには気がついていない。

(良かった……。サジェスに見つかる前にここから早く離れないと)

 優しいケイトとは違い、サジェスはいつもリナリアに嫌味を言ってくる。自慢の妹がリナリアと仲が良いことが気に入らないらしい。サジェスは、リナリアに会うたびに『俺の可愛い妹が、どうしてこんなモブ女と友達なんだ?』と嫌そうな顔をする。

 サジェスがいうモブとは、カードゲームに使われている用語で『その他大勢の人たち』という意味だ。要するに主役にはなれない数いる脇役の一人ということ。

 伯爵令嬢なのにモブ扱い? と文句を言いたいところだが、王族や公爵令息・令嬢も通うこの学園内では、伯爵令嬢の地位なんてあってないようなものだった。

 それに加えてリナリアは、髪色はブラウンで瞳もブラウンだ。ブラウンの髪と瞳は、この国では一般的で一番数も多い。

 そんなリナリアとは違いサジェスは珍しい赤い髪で、ケイトもストロベリーブロンドと呼ばれる金髪と赤髪が混じってピンク色に見えるという珍しい髪を持っていた。そして、兄妹そろって綺麗な琥珀色の瞳だ。ちなみに、年の離れたケイトのもう一人の兄も見事な赤髪をしている。

 彼らに比べると、リナリアは特徴がなく一般的な容姿だった。

(確かに私はモブっぽいけど……)

 でも、そのことを他人にとやかく言われる筋合いはない。

(あーあ、ケイトも一番上のお兄様もとても優しいのに、どうして次男のサジェスだけあんななの?)

 リナリアに酷い態度を取るサジェスのことを好きになれるはずがない。それなのに、リナリア以外に子どもがいない父に「サジェスくんと結婚して婿養子に迎えてはどうだ?」と言われたことがあり、リナリアは悲鳴を上げながら断固拒否した。

 学年が違うサジェスとは滅多に会うことがないが、一度学園内の食堂で出くわしてしまったことがあるので、それ以来、リナリアは食堂を使うことを避けている。

(ケイトとお弁当を食べるところを、サジェスに見つかったら、また何を言われるのやら)

 リナリアが静かにその場を後にしようとすると、サジェスの楽しそうな声が聞こえてきた。

「次は賭けをしよう! 負けたやつは罰ゲームだ!」

 学園内で賭け事は禁止されているが、今からそれをするようだ。

「次に負けたやつは、そうだな……モブ女を落とそう!」

 『モブ女』という言葉に、リナリアは足を止めた。

 サジェスと一緒にカードゲームをしている男子生徒が「どういうことだ?」と戸惑っている。その質問に、サジェスは嫌味たっぷりな声で答えた。

「モブのくせに俺の妹に近づく嫌な女がいるんだ。そいつをウソで口説き落とすんだ。愛されていると勘違いさせてこちらに好意を持ったところで盛大にふる。カードゲームに負けたやつは興味のないモブ女を口説き落とさないといけない。そういう罰ゲームだ」

 サジェスの言葉に、周囲にいた男子生徒たちがなんて答えたのかリナリアは分からなかった。それくらい瞬時に頭に血がのぼった。リナリアの身体の中で、どす黒い怒りが渦巻いている。

(最低……)

 それからどこをどう歩いたのか分からない。リナリアが我に返ると、ケイトが心配そうな顔でこちらを見ていた。

「リナリア、どうしたの? 何かあった?」

 琥珀色の美しい瞳がリナリアを不安そうに見つめている。

(サジェスのことを言ったら、またケイトを悲しませてしまうわ)

 こういうことが起こるたびに、ケイトは少しも悪くないのに、泣きそうな顔をしながら無礼な兄の代わりに「ごめんなさい」と何度も謝ってくれる。そんなケイトはもう見たくない。

 リナリアは、気持ちを落ち着かせるために、大きく深呼吸するとケイトに微笑みかけた。

「ううん、何もないわ。ただ、空いている場所がなかったからどうしようかなって」

 ケイトは、パァと顔を輝かせると「良かった。あっちが空いていたの。行きましょう」と嬉しそうにリナリアの手を引いた。

(これ以上、サジェスのことでケイトに心配をかけるわけにはいかないわ)

 先ほどサジェスが提案した最低な罰ゲームのことは誰にも言うつもりはない。しかし、大人しくバカにされるつもりもなかった。

(もし、サジェスの発言に乗った誰かが、罰ゲームで私を口説こうとしてきたら思いっきり睨みつけて足を踏んでやる!)

 最低なことをするのだから、それくらいはされても仕方がないと思う。
 
 リナリアは、そう心に決めてから、何も知らないケイトの横でお弁当を食べ始めた。
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