罰ゲームで私はウソの告白をされるそうです~モブ令嬢なのに初恋をこじらせているヤンデレ王子に溺愛されています~

28 私は大丈夫……ではなかったようです

 リナリアの隣にいるシオンからは静かだが激しい怒りが伝わってくる。

(どうしよう……。ケイトもいるのに、シオンとサジェスがケンカでもしたら、またシオンの評判が悪くなってしまうわ)

 リナリアは、そっとシオンの制服のそでを引っ張った。

「あの、私はもう大丈夫ですから! か、帰りましょう?」

 いつもなら『そうだね』と穏やかな笑みを浮かべてくれるシオンは、サジェスを睨みつけたままリナリアのほうを見ようとはしない。

(どうしたらいいの……?)

 自分の代わりにシオンがサジェスに怒ってくれている。その気持ちは嬉しいが、今は落ち着いてほしい。

 リナリアは、困った末にシオンの気を引くために『えいっ』とシオンの腕に抱きついた。

(私たちは、学園内では恋人のふりをしているんだから、これくらい大丈夫だよね?)

 おそるおそるシオンの顔を見上げると、シオンは美しい瞳を見開いてリナリアを見ていた。シオンがこちらを見てくれたことにホッと胸をなでおろす。

「シオン! 帰りましょう! 私、早く帰りたいです!」

 ここはもう勢いで押し切ってしまおうとリナリアが早口で伝えると、シオンは驚いた顔のまま小さくうなずいた。

 シオンの腕を胸に抱きかかえながら、この場から離れるためにシオンを引っ張ると、背後でパンッという乾いた破裂音が聞こえた。

 リナリアが驚いて振り返ると、ケイトが地面に尻もちをついたサジェスの前に立ちふさがり、サジェスはぼうぜんとした表情で自身の左頬を押さえていた。

(もしかして、ケイトがサジェスを叩いた!?)

 優しいケイトが誰かを叩くなんて信じられなかったが、リナリアが「ケイト?」と声をかけると、こちらを振り向いたケイトの瞳からは大粒の涙がこぼれていた。

「……リナリア。私はお兄様と話があるから……。気をつけて帰ってね……」

 静かに涙を流しながらそう言うケイトに、リナリアはためらいながらもうなずいた。

「ケイト、また明日学校でね! ずる休みしたら怒るわよ!」

 リナリアが『私のことは大丈夫だから』という気持ちを込めてそう伝えると、ケイトは泣きながらも少しだけ笑ってくれた。

 リナリアはシオンの腕を引っ張りながら学園内を歩き、シオンを王家の馬車が待つ場所へ連れて行った。

「リナリア、少し待って」

 そう言ったシオンは、後ろから付いてきたギアムに何かを伝えると、ギアムは「はい」と同意する。

 シオンは「じゃあ帰ろう、リナリア」と馬車の中へリナリアをエスコートする。二人が馬車に乗り込み、馬車の扉を閉めてからリナリアはシオンに頭を深く下げた。

「シオン殿下、先ほどは許可なく勝手にお身体にふれて大変申し訳ありませんでした! ご無礼をお許しください!」
「リナリア、何を謝っているの?」

 美しい微笑みを浮かべるシオンは、いつもの穏やかなシオンに戻っていた。シオンの優しい笑みを見ると、今まで気を張り強張っていたリナリアの身体からフッと力が抜けた気がした。

「それは、その、私が急にシオンの腕に抱きついてしまったので……」
「恋人なら普通でしょう?」

「そ、そっか。そうですよね」

 とっさの判断が間違っていなかったようで、リナリアは安堵した。向かいの席に座っているシオンが伏し目がちになると、長いまつ毛がシオンの滑らかな頬に影をつくる。

「怖い思いをしたね」

 その言葉でサジェスに力任せに押さえつけられたことを思い出し、リナリアの身体はゾクッと震えた。

「君とサジェスに何があったかは分からない。私たちが見つけたときは、サジェスが君を押し倒していた状態だったから……」

 シオンの口から『押し倒していた』と言葉を聞いて急に恥ずかしい気持ちが湧いてくる。

 シオンは、「手首が赤くなっている」と言って腕を伸ばしたが、その手はリナリアにふれることなく途中で止まった。

「さっきはとっさにふれてしまったけど、私がリナリアにふれても大丈夫? あんな目にあったあとで……同じ男の私が怖くない?」 

 シオンに聞かれて、リナリアは考える前にうなずいていた。シオンにふれられることに少しの恐怖も感じたことはない。

 うなずいたリナリアを見たシオンは悲痛な表情でリナリアの手首にふれた。

 サジェスにさわられたときは、痛いし気持ち悪くて仕方なかったのに、シオンにふれられると胸が熱くなる。

「リナリア。つらいよね」

「あ……私は、大丈夫です」

 確かに怖かったがサジェスに目の敵《かたき》にされるのはいつものことだったし、会うたびに暴言を吐かれるのにももう慣れてしまっている。

「気にしないでください」

 ニコリと微笑みかけると、悲しそうな顔をしたシオンは「大切な君が傷つけられて悔しい」と言った。

(『大切な君』って……。もしかして、私、シオンの大切なお友達くらいにはなれているのかな?)

 そう思うと全身が喜びに満たされていく。

「リナリア。私は大切な君を傷つけられて、守ることができなかった自分が腹立たしくて仕方ないんだ」
「そんな! シオンのせいじゃありません!」

「じゃあ、お願いだから大丈夫だなんて言わないで……」

 そう言うシオンは怖いくらい真剣な表情をしていた。

「でも、押し倒されただけで、それ以外、本当に何もなかったですし……」

 シオンは少し考えるような仕草をしたあとに、幼い子どもを言い含めるようにゆっくりと話した。

「リナリア。もし、サジェスが他の女生徒にもこういうことをしたらどうする?」
「こういうこと……?」

 乱暴に手首をつかまれたり、押し倒されたり、暴言を吐かれたり。

「そんなの絶対に許せません! 今回は未遂だったから良かったものの、サジェスがしようとしたことは犯罪ですよ、犯罪!! 私がどれだけ痛くて怖かったと思ってるんですか!? ……あっ」

 シオンは「そういうこと」と言うとニコリと微笑んだ。
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