罰ゲームで私はウソの告白をされるそうです~モブ令嬢なのに初恋をこじらせているヤンデレ王子に溺愛されています~

29 前向きな気持ちになれました

 シオンは極めて冷静に「こういうことが二度と起こらないように、サジェスには『悪いことをしたんだ』と罪を自覚させる必要があると私は思うよ」と説明してくれた。

「そっか、そうですよね……」

 今回のことは、これまでとは違い『自分さえ我慢すれば良い』という話ではない。もし、サジェスが反省をしていなかったら、リナリア以外の被害者が出るかもしれない。

「リナリア。よければ、この件は私に任せてもらえないかな?」
「でも……」

 リナリアが、シオンの仕事を増やしてしまわないか心配していると、シオンはリナリアにすがるような視線を向けた。

「お願いだから」

 美しい紫色の瞳がリナリアを見つめている。その色気を含んだ悲しそうな瞳を見ていると、なんでも願いを叶えてあげたくなってしまう。

「えっと、じゃあ、お願いします」

「嬉しいよ。ありがとう、リナリア」

 微笑みを浮かべたシオンのあまりの神々しさに、リナリアは目を思わずつぶった。

(私、本当に幸せ……)

 先ほどサジェスに押さえつけられた恐怖や気持ち悪さが、シオンの微笑みで浄化されていくような気がする。

 シオンに「リナリア?」と声をかけられたので慌てて目を開けると、なぜか向かいの席に座っていたシオンがリナリアの隣に移動してきていた。

「シオン!?」

 シオンは慣れた手つきでリナリアの指に自分の指をからめ恋人繋ぎをする。

「これからとても大切な話をするね」
「は、はい」

 急にどうしたんだろうと思っていると、シオンは不安そうに「リナリアは、私が言うことを信じられる?」と聞いてきた。

「もちろんです! シオンの言うことなら、なんでも信じられます」
「それは良かった」

 ニコッと微笑んたシオンは、リナリアの耳元で囁いた。

「リナリアは、綺麗だよ」

「……?」

 予想外の言葉にリナリアが驚いていると、シオンはさらに言葉を続けた。

「リナリアの良さが分からないサジェスは、本当に見る目がない。でも、私なら分かるよ」

 シオンの左手がリナリアの髪を優しくなでている。

(もしかして……。シオンは、私がサジェスにひどいことを言われていたから慰めようとしてくれているの?)

 リナリアの頭の中で、サジェスの声が響いた。

 『モブ女』『どうしてこんなやつが?』『お前なんか』

 悪意を含んだ言葉の数々は、小さなトゲになって今もリナリアの胸に刺さっている。

 リナリア自身も、自分の外見が華やかではないことを知っているので、サジェスの言葉を強く否定できないでいた。

「シオン……慰めは……」

 いりません、と伝える前にシオンに「私の言葉なら、なんでも信じてくれるんだよね?」とさえぎられてしまう。

「はい。でも……」
「なら、信じて」

 シオンは穏やかな声で言葉を続けた。

「リナリアの笑顔はすごく可愛いよ」

 そんなわけがない。

「君の眼差(まなざ)しを独占できる時間が幸せで仕方がないんだ」

 そんなことがあるわけが……。

「リナリア。私を信じて。君はとても魅力的だよ」
「私、が?」

「うん」
(……シオンがここまで言うのなら、そうなのかも?)

 それは、かけられた呪いが、一瞬にして解かれたような不思議な感覚だった。

(そっか、そうだよね……。ヒロインのように綺麗じゃなくても、私だっていつか誰かの特別になれるよね? それに、良いところだってあるはずだし。サジェスから見れば私は『モブ女』でも、他の誰かから見れば素敵な女性に見えるのかもしれない)

 人の好みは十人十色(じゅうにんといろ)。人によってそれぞれ違う。そう思うと、サジェスから受けた心の痛みがウソのように消えていく。

「シオン……。ありがとうございます」

 シオンに心の底からお礼を言うと、シオンは優しい笑みを返してくれる。

「信じてくれた?」
「はい!」

 気がつけば、いつの間にか馬車は止まっていた。閉められたカーテンの隙間から外を見ると、もうオルウェン伯爵家の邸宅に着いてしまっている。

 馬車の扉に手をかけようとしたリナリアをシオンが笑顔で止めた。

「ところで、リナリア。さっき私のことを『シオン殿下』って呼んだよね?」
「……そうでしたっけ?」

 言われてみれば、シオンの腕に抱きついたことを謝ったときに、うっかり言ってしまったかもしれない。

「お仕置きだね……と、言いたいところだけど、今日はいろいろと大変だったから見逃してあげる」

 シオンの言うお仕置きは、シオンにキスをするということ。

(わたしからすれば、少しもお仕置きになっていないんだけどね)

 いつもならシオンにふれるなんて恐れ多いと恐縮してしまうところだったが、今日のリナリアは少し違った。

「シオンったら、お気遣いは無用です。お仕置きは絶対ですよ」

 リナリアはシオンに顔を近づけると、その滑らかな頬にふれるかふれないか程度のキスをした。

(シオンは私のことをたくさん褒めてくれるし、大切な友達と思ってくれているみたいだから、これくらいのイタズラなら恋人のふりってことで許してもらえるよね?)

 シオンならいつものように優しく笑ってくれると思った。しかし、シオンからは何の言葉も返ってこない。

「シオン?」

 不思議に思い声をかけると、シオンは左手で顔を覆いうつむいた。

「え? わ、私、調子にのって、ご、ごめんなさ……」

 リナリアが不安になって謝ろうとすると、シオンから「そうじゃなくて……」と小さな声が返ってきた。

 長い指の間から見えるシオンの顔は真っ赤に染まっている。

 馬車の扉がノックされた。いつまでたっても降りてこないので心配させてしまったようだ。

 リナリアが、慌てて馬車から降りて振り返ると、馬車の中にはいつも通りのシオンがいた。シオンは、優しい笑みを浮かべている。もちろん、顔は赤くない。

(私の見間違い、かな?)

 シオンと別れて邸宅の中に入ると、いつもとは違い「おかえり」と笑顔で出迎えてくれる女性がいた。

「お母様!? どうしてこちらに?」

 父と一緒に領地にいるはずの母がここにいることに驚いていると、母に「驚いたのはこっちよぉ」と怒られてしまう。

「ようやく筆不精(ふでぶしょう)の娘から手紙が届いたかと思ったら。『オルウェン伯爵家は、王族と過去に何かありましたか?』なんて書かれているから、貴女に何かあったのかとすごく心配したんだからね!」

「す、すみません」

 母は「もう!」と怒ったあとに「でも、貴女が元気そうで良かったわ」と笑ってくれた。

「それにしても、このお花は……?」

 母は、邸宅中に飾られているリナリアの花が気になるようだ。

「それは、その、親しい友人が毎朝くれるんです」

 まさか、『第二王子の恋人のふりをしています』とは言えず、リナリアは言葉を濁した。

 母は「あらあら、まぁまぁ」と口元を緩める。

「それって、本当に友達なの?」
「そうですけど……?」

「あら、残念。だったら向こうの片思いなのね」
「どういう意味ですか?」

 母は、近くに飾られている花瓶からリナリアの花を一輪(いちりん)抜き取った。

「貴女、リナリアの花言葉を知らないの?」
「リナリアの花言葉……?」

「リナリアの花言葉はね――」


 ――この恋に気づいて。

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