主役になれないお姫さま

拾われた小鳥

「悪いな、一真。お前が直接入社して社員になってくれると本当に助かるよ。」

「こっちこそ有難い。そろそろ仕事を始めようと思っていたところだ。良いタイミングだったよ。」

以前の職場を離れ半年ほどアジアを中心に旅をしていた。この年齢でそんな事が出来たのは独身で子供も居ないからだろう。

友人の松山は俺が日本に戻ってきた事を知ってすぐに電話をよこすと、昔からなじみのあるこの店に呼び出した。
そして、俺は昔から営業の仕事が得意だった事もあり、松山の会社の営業部長として週明けから勤めることに急遽決まったのだ。

彼はそこの会社の副社長をしている。
副社長と言っても、社長の息子である彼は実質的には社長の業務を担っていた。

ずっと相談されてはいたので、定期的に助言はしていたのだが…。

現在の営業部長は定年間近で既にやる気を失っているようだった。そこで新たな部長候補を検討してみたが、残念ながら社内で適任者が浮かばず、俺のところに話が来た。

「来週から松山の部下になるのか…。パワハラはごめんだぞっ!」

「お前にパワハラ出来る奴がいたら見てみたいよ。何倍にもなって返ってきそうだ。」

こんな冗談が言えるのは中学の部活仲間で、部活の後はよく一緒に飯を食いに行ったりする仲だったからだ。
2人とも身長に恵まれていたのでバスケ部に属していた。並んで歩くとかなり目立つので学生時代は2人でよくナンパに出かけたりもした。

同じクラスになった事は無かったが、互いに気が合あうと感じているのか定期的に連絡を取り合い、今でも友人として関係が続いていた。

照れ臭いので親友とは言いたくないが、何でも話せるし、俺の事をよく知る信頼できる男であるのは間違いない。

旅行中も度々連絡がきていたので呼び出された理由はなんとなく分かっていた。仕事の話は早々に終わって俺の旅行の話や彼の子どもの写真を見せられたりとプライベートな話題で盛り上がっていた。
腹も膨れ程よく酔い始めた頃に松山へ嫁さんから『子どもが熱を出した。』と電話があったので『詳しくは週明け会社で打ち合わせしよう。』とその日は別れる事になった。

まだ、飲み足りない気もするが、引っ越したばかりの家で夜景を眺めながら一人呑むのも悪くないと思い帰路につく。

高層マンションはファミリー向けの間取りが多いのだが、珍しく単身者向けの部屋が空いたと不動産屋から連絡があり急いで帰国した。

松山の会社からは駅にすると二駅の場所になる。しかし、方角的には歩けない距離でもないのでこの点に関しては幸運だったと思う。

最寄り駅から自宅マンションの道筋はもっと早く帰宅できるルートもありそうだが、まだ道も分からないので不動産屋から教えられた大通りを通るルートを使う。
大通りを渡るには歩道橋を渡らねばならず、この点だけが少し面倒だった。

階段を上り切るとドレスアップした若い女性が踵の高いピンヒールでフラフラと歩いていた。

 結婚式の帰りか?

引き出物らしい大きな紙袋を持ち、プロが仕上げたであろうヘアスタイルにはラメが散りばめられ、街頭に照らされてキラキラしていた。

女性の横を歩いて通り過ぎようとした時、フラフラしている彼女とぶつかった。

「すっすみません…。」

彼女は立ち止まると頭を下げて謝ってきた。

「いえ。それよりあなたは大丈夫ですか?」

「…はい。だいひょうぶれす。」

 イヤイヤイヤ…。
 呂律が回っていないじゃないか。
 完全にダメだろ。

「ははっ、結構酔っぱらってるみたいだね。そんなんじゃ下りの階段で転んでしまうよ。危ないから付き添うよ。」

手を差し出すと彼女は素直に俺の手を取った。

「ありがろうごじゃいましゅ。」

お礼を言うのにコチラを向いて見せた笑顔が可愛くてドキッとさせられた。

 結婚式で馬鹿騒ぎして飲みすぎたのだろか…。
 バカな女だな…。

「まともに歩けなくなるまで呑むなんてダメだろ。俺みたいな悪いおじさんに連れて行かれちゃうぞ。」

「……。」

冗談を言ったつもりなのだが、彼女は再び立ち止まって真剣に何か考えていた。

「…てくらさい。」

「えっ?なんて?」

「どこへれも連れていってくらはい!」

「はっ?」

そう言うと彼女は突然泣き始めてしまった…。

 おいおい…。
 どうすんだよ…。

このまま放置するわけにも行かなくなり、自宅まで送ろうとしたが、俺の家に一緒に帰ると言い出して話を聞いてくれない…。

 弱ったな…。

このまま別れて、それこそ悪い男らに捕まり、次の日のニュースにでもなったなら寝覚めも悪い。

しかたなく自宅のマンションに連れて帰る事にした。

 リビングのソファーがベットになるタイプだ。
 取り敢えず彼女をそこに寝かせよう。

泣きじゃくる彼女を連れてマンションのエントランスを過ぎると、急いでエレベーターに乗り込み自室へと向かった。
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