一夜限りのお相手が溺愛先生へと変貌しました
05. 溺愛のはじまり?
ただでさえ妊娠初期は無理をしてはいけないとされる中、そうとは知らずに調子が悪くても働き続けた繭は、ついに倒れてしまうのだが。
一夜限りのお相手であり産婦人科医でもある椿の目の前だった事が幸いして、大事には至らなかった。
「……ん」
ゆっくりと意識を戻した繭が瞼を開けると、薄暗い部屋の広いベッドに寝かされていて何だか右手が温かい。
少しだけ顔を動かし目にしたのは、ベッドの傍らに置かれた椅子に座り、大切そうにその右手を握り締める椿。
しかし背もたれに体重を預けて瞼を閉じたまま動かないので、どうやらうたた寝しているらしい。
「っ……!?」
驚いて視線をキョロキョロさせると、間接照明に照らされ浮かび上がるシックモダンな内装と、高層階の窓から見える夜景に言葉を失った。
多分、いや間違いなくここは椿の自宅なのだろうと考えた繭が、再度寝ている椿に視線を送る。
仕事を終え白衣を脱いだ状態の椿にどこか懐かしい気持ちを抱いて、またこの寝顔を見られるなんて思ってもみなかったと運命の悪戯を感じていた時。
椿の手がピクリと動き瞼を開けるので、心臓が跳ねた繭は咄嗟に挨拶する。
「……お、はよう、ございます……」
「あ……ごめん俺、寝てた……?」
眠っていた繭が既に目覚めていた事に慌てた椿が、バツの悪そうな表情で腕時計を確認しながら姿勢を正す。
そんな様子に何だか可愛らしい一面を見た気がした繭は自然と笑みをこぼしたが、直ぐにこの状況を思い出して謝罪した。
「ご迷惑おかけしてすみません、すぐに帰りますから」
そう言って上体を起こしたが、椿に握られていた右手がグンと重くなって、それ以上の動きを制止された。
離される事がない右手に繭が困ったように椿へ視線を向けると、首を横に振っていて説明を始めてくれる。
「軽い貧血だったけど、しっかり睡眠とって少しでも栄養になるもの食べないとまた倒れるよ?」
「……でも、食べると吐きそうになっていたのでゼリーしか……」
喉を通らなかった。
それが悪阻症状と知ったのは妊娠がわかったつい先程なのだが、こんなにも体調が言う事きかなくなるなんて。
学校でも会社でも教えてもらっていないし、対処法すら知らない。