一夜限りのお相手が溺愛先生へと変貌しました
06.
次の日の朝。
夜中に一度も目を覚ます事なく、久々に熟睡していた繭がゆっくり瞼を開けると、椿の姿は隣になかった。
「……ん……?」
その代わりに何処からか微かに漂ってくるのが、魚を焼いた香ばしい匂い。
誘われるようにベッドから降りた繭は、寝室を出てリビングに姿を表すと、キッチンに立って朝ご飯の支度をしている椿を発見した。
「椿さん、おはようございます……」
「おはよう繭さん、よく眠れた?」
「は、はい……」
ラフな私服と爽やかな笑顔を浮かべる椿に、少し安心した繭は自然と表情が緩む。
初めて迎えた椿との朝は、何だか結婚後の光景を見せてくれているようで心が揺れ動いた。
一日の始まりで最初に挨拶を交わすのが椿だったら、きっと毎日が恋の始まりのように胸をときめかせてくれるんだろうな。
そう特別な感情を予感させた繭を知らない椿は、焼き魚や卵焼きなどの和朝食をダイニングテーブルに用意して声をかけた。
「食べられそうなものあるかな?」
「え、と……」
炊き立てのご飯はちょっと匂いが受け付けなくて、味噌汁なら少しは飲めそう。
そんな風に並べられたお皿を眺めていた繭がこの中で一番食欲をそそったのは、皮を丁寧に削がれた林檎のカット盛り。
これならさっぱりしていて直ぐにでも喉を通る。
しかし焼き魚や卵焼きの方が手間も時間もかかったはずなのに、そんな事を言うのも申し訳なくて自分の気持ちに嘘をつこうとした時。
椿の人差し指が繭の唇を封じる。
「はいはい、林檎ね」
「!?」
「俺に気なんて遣わなくていいんだよ、繭さんが少しでも食事できる状況を優先したいから」
「…………」
全部お見通しだった椿に対し、完敗した繭は返す言葉もなくほんのり頬を染めながら頷くと、椿も大きく頷いて笑った。