若旦那様の憂鬱

言ってはいけない一言

ピタッと柊生の足が止まる。

「お兄ちゃんって、言うな…。」
そう言って花を見入る。

柊生は花がお兄ちゃんと呼ぶのを嫌う。


母と義父が結婚して、一緒に暮らし始めた日。
花はふざけて、
「柊お兄ちゃん、康お兄ちゃん、これからよろしくね。」

と言うと、なぜか柊生は怒って、

「二度とお兄ちゃんなんて言うな。」
 と、真顔で睨まれた。

端正な顔立ちは本気で怒ると怖いと言う事を知った。


花はただ柊生が近過ぎて、恥ずかしくて、
ドキドキしてしまう自分をどうにかしたくて、手を離して欲しいだけだった。

なのに…言ってはいけない一言を言ってしまった…。

柊生を怒らせてしまったと怖くなる。

花は急いで逃げるように2階に駆け上がり、
自分の部屋に入り鍵を閉める。

どうしよう…お兄ちゃんって呼んじゃった……柊君を怒らせちゃった…

花は焦り泣きそうな気分になる。

それなのに…

花を追って部屋の前まで来た柊生が、

「ごめん…花。
揶揄ったりして悪かった…。
……強引な事して、悪かった。
頼むから、傷口の手当だけはさせてくれ…花…。」

柊生が逆に謝ってくる。

花は怒られたくなくてただ逃げただけなのに…
こんな子供みたいな自分が嫌になる。

「花……血が止まらないだろ?
心配なんだ…頼むから出て来てくれ。」

柊生は諦めず、ずっとドアの前から動きそうもない。

根負けした花は仕方なくカギを解除してドアを開ける。
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