跡取りドクターの長い恋煩い
採血開始
  これは驚いた。
 笑美里は手強そうな血管であっても難なく採血している。しかも最初からホットパックを準備していた。

「新しい先生かしら?」

「芦田と申します」

「芦田先生、上手ね。
 私ここに入院してから、ベテランの看護師さんでもなかなか採血ができない時があったのよ?
私の血管、朝は特に出にくいみたいで」

「そうでしたか。では今朝は長沼さんの調子がいいのかもしれませんね」

 にっこりと笑って言うセリフは暗に謙遜している。決して能力をひけらかさない。

 そこで笑美里がちらっと電子カルテを見た。そして俺に確認する。

「長沼さん、院内散策は……」

「許可は出てるよ。3階のガーデンテラスくらいなら」

 胃がんのステージ2で、腹腔鏡手術後抗がん剤の投与を開始した。副作用も落ち着き、今のところ転移も見られない。あと数日で一時退院の許可がおりるだろう。

「今日はいいお天気ですし、3階のガーデンテラスで日向ぼっこをされるのもいいですね。
月曜日は娘さんが来られる日ですよね?」

「そうなの。土日は部活で忙しくてね」

 へぇ……ちゃんとカルテは頭に入ってるんだ。
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