重愛注意】拾われバニーガールはヤンデレ社長の最愛の秘書になりました 3

御劔佑からのメール

(とんでもねぇぞ。俺が何年香澄に辛抱強く付き合ったと思ってるんだ)

 憤慨するものの、香澄の友人たちによるバリアは強く、彼女から別れを切り出された事もあり諦めるようになっていった。

(せっかくの逸材をプロデュースして、カスタマイズしてやろうと思ったのに)

 香澄一人にこだわっていたのが馬鹿馬鹿しく思え、それから就職活動をしながら適当に合コンで知り合った女の子と寝た。
 最初から卒業後は上京したいと思っていたので、香澄のような地味でジメジメした女ともこれでおさらばだ、と思っていた。

 やがて上京して就職し、憧れていた『AKAGI』で働き始め、最初は仕事を覚えるのに精一杯で女どころではなかった。
 だが数年経つ頃には憧れる同性の先輩と仲良くなり、仕事のコツを伝授してもらえるようになり、目を掛けられていた。
 その先輩には夜の店にもつれて行ってもらい、合コンで出会った女性何人かと付き合った。
 長続きしないのはどうしてかとたまに思ったが、自分はまだ若いから経験値を積んでいる途中なのだとポジティブに考えていた。

 最近はアラサーと呼ばれる年齢になり、経理部にいる地味そうだが実はエロそうな女性を狙っている。

 そんな折り、香澄と再会したのだ。

 ――変わってない。

 第一印象で思ったが、ありとあらゆる部分が垢抜けていて、大学生時代の自分が求めていた香澄が目の前にいると感じた。
 化粧をし、服にも気を遣ってどことなく色気がありながら、品がある。
 会話をしてみれば昔と変わっていなく、ごく自然体だ。

(これはワンチャンあるんじゃないか?)

 しかし話してみれば付き合っている彼氏がいると言う。
 今の香澄なら当たり前か……と思いつつも、諦めきれない自分がいる。

 同窓会みたいなもの、と口実を作ってデートできたと思いきや、最後の最後で逃げられた。
 まるで自分が加害者のような反応だった。
 昔の二の舞を演じた気分になる。

「……ちっ」

 舌打ちをした健二は、空き缶をゴミ箱に向かって放り投げる。

 その時、テーブルの上に置いてあったスマホが、メール着信を告げた。

「何だ……?」

 メールアプリを開いてみると、件名には『御劔佑と申します』と書いてある。

 御劔佑と言えば有名人だ。

 大きな自社ビルを持ち、知名度は芸能人並み。若手起業家の代名詞とも言われている。
 そんな御劔佑が、自分などにメールをよこすはずがない。

「十円引きのコンビニくじにも、滅多に当たらねぇのに」

「バーカ」と言って、健二はメールを開かずゴミ箱に振り分けた。
 そのあと、「迷惑メール設定にしておくか」と思い直し、ゴミ箱フォルダを開く。
 ふと、単純に好奇心があって「どんな迷惑メールか、文面だけでも見てやるか」と思い直した。

「URLを踏まなきゃいいんだろ」

 心にあったのは、迷惑メールにありがちな、流暢な日本語と思えない文面や、正式な書面にはあり得ない文体の崩れなどだ。
 それらを指摘して、馬鹿にしてやろうという気持ちでメールを開いたのだが……。

「…………は?」

 メールの中身は、ありがちなフィッシングの文面ではなく、個人が書いたとおぼしき文章だ。

「……いや、ちょっと待て。新手の詐欺か?」

 ビールを飲んで少しフワフワしていた気持ちを引き締め、健二は改めて文章を読んだ。

『原西健二様 初めまして。赤松香澄さんの上司であり、同棲している恋人の御劔佑と申します。突然メールをよこす無礼をお許しください。今日は彼女と遊んでくださったようで、お礼申し上げます。なお、このメールは私が彼女のスマホを、許可を得た上で開き、勝手に原西さんの連絡先を得て送ったものです。どうか香澄を責めないようお願いします。つきまして、現在の彼氏として後日お会いしたいと思っているのですが、スケジュールの調整などは可能でしょうか? 色よい返事をお待ちしています。御劔佑』

 しばらく、健二はスマホを見たまま固まっていた。

「まさか本物……って言わないよな?」

 自分自身に問いかける健二の顔は、引き攣っている。

 フィッシングにしては、手が込みすぎている。
 第一、著名人の名前を使って詐欺行為をする場合、かなりの厳罰がくだるはずだ。

(香澄と出掛けたその日の夜になったタイミングで、このメール? ……おい、嘘だろ?)

 本物なのでは……と思うたびに、自分の置かれた状況を考えて背筋が凍ってきた。

(御劔佑の女に手を出した……? 呼び出されて……消される?)

 御劔佑が日本を代表する資産家なのは言うまでもない。
 母方のルーツがドイツにあり、祖父があの高級車の代名詞クラウザー社の会長だ。
 とんでもない化け物を敵に回した場合、どうしたらいいのか想像するが、そんな状況になった事もないので分かるはずもない。

「アドレスは……、本物っぽい……よな」

 どうしたらいいのか分からず、健二は送り主のメールアドレスをコピー&ペーストして、詐欺メールに使われるものか調べた。
 だが検索結果に出てきたのは、そのプロバイダとおぼしきサイトのホームページなどだけだ。

「……マジか」

 知らずと口内に溜まった唾を嚥下したあと、健二は香澄に連絡を取り、彼女の今の彼氏が誰なのか確認しようとした。

『香澄、帰ったか? ところでお前の彼氏って誰なのか、聞いてもいい?』

 コネクターナウというメッセージアプリで連絡をすると、パッとすぐに既読がついた。
 安堵していたが、また受信メールの通知が鳴ってビクッと肩を跳ねさせた。

「……おいおい……」

 メールの件名は『つけ加えてご連絡です/御劔佑』。

 恐る恐る開くと、危惧していた内容がそのまま文章となっていた。

『原西健二様 お世話になっております。御劔佑です。香澄に連絡を頂けたという事は、メールを見て頂けたのですね? お早い対応、ありがとうございます。ですが、先ほどのメールに書きました通り、香澄を心配させる連絡は避けて頂けると助かります。心配ないと思いますが、このメールアドレスも他言無用でお願いします。その気になれば捨てられるアドレスですが、言いふらされるのは良い気分がしませんので。気分を害されたらすみません。スケジュールにつきまして、分かり次第連絡を頂けたらと思います。御劔佑』

(本物だ……)

 自分の人生が詰んだ音が聞こえた気がして、健二は血の気を引かせる。

「マジか? ……マジで香澄のやつ、御劔佑と付き合ってるのか?」

 一歩も動いていないのに激しい動悸がし、口から心臓が出てしまいそうだ。

(いや、同姓同名の別人かもしれないし)

 試しに〝御劔佑〟と検索をかけてみたが、出てくるのは有名人の彼と、関わる幾多ものニュース、そしてファンたちが投稿するSNSの記事、または御劔佑の名を名乗っているアカウントなどだけだ。
 どんどん嫌な予感が増し、健二は知らない間に冷や汗をかいていた。

(香澄に助けを求め……いや、見張られてる)

 どこにも逃げ場がなく、健二は本気で焦って友人に電話をした。

『もしもし? 健二? どうした? 眠いんだけど』

 東京に来てからよくつるんで遊んでいる同僚は、眠たげな声で応じる。

「悪い。……あのさ、もし、……もしだけど、御劔佑から『会おう』って言われたらどうする?」

 健二の問いに、友人は少し沈黙した。

『寝ぼけてんの? それとも妄想? 眠いんだけど』

 彼の呆気にとられた表情が目に浮かぶようだ。

「いや、マジでさ、もし『会おう』って言われたらどうする?」

 健二の必死な声が通じたのか、友人は溜め息をついてからまじめに応じてくれる。

『そんなの、会う一択だろ。気に入られたらあの御劔佑の友達だぞ?』

「……怒らせそうな場合は?」

『……それは人生詰んだな』

「ああ……」

 情けない声を漏らしたからか、友人が気遣わしげに尋ねてくる。

『お前、ホントにどうしたの? 何かやらかしたか?』

「いや……それが」

 言いかけて、健二は言葉を詰まらせた。

 ――ここで下手をこいたら消される。

 自分に運命を見分ける直感が備わっているとは思っていないが、少し冷静になれば分かる事だ。

「……悪い、何でもない。有名人って会ったらどうなるのかな? って思って」

『ざけんなよ。ねむてーんだよ。じゃーな』

 電話が切れたあと、健二は死刑宣告をされたような顔でメールの返信を打った。

『御劔佑様 初めまして。原西健二と申します。お申し出に応えたい気持ちはあるのですが、あなたはあの御劔佑さんでしょうか? あなたが何者なのか分からず、戸惑っている次第です。何か情報を提示して頂けたら幸いです。どうぞ宜しくお願い致します。原西健二』

 メールを三度確認したあと、送信してから健二は溜め息をつく。

「……なんか、俺の方が普通じゃね? いきなり彼女のスマホを許可ありでも開いて、デートした男に連絡する奴の方がヤバくね?」

 冷静に考えると、御劔佑というヤバい男に目を付けられた事になる。

「……いざ何かあったら、警察に連絡するっていうのも手だよな。……それこそ、雑誌記者に売るとか……」

 ゲスな考えだとは思うが、あれだけの権力者を前に、自分ができる事と言えば本当に少ない。
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