重愛注意】拾われバニーガールはヤンデレ社長の最愛の秘書になりました 3

海老で鯛を釣れば鮫がつく

「今日はご多忙な中、急な声掛けに応じてくださり、ありがとうございます」

 佑は向かいに座り、言い慣れていそうなセリフを口にした。

「こちらこそ、こんな高級そうな店に招いてくださってありがとうございます。いやぁ、緊張しますね」

「急な予定にも対応してくださる贔屓の店なのですが、ご紹介できて嬉しいです」

 この高級店を「贔屓の店」というだけでも、佑との格差を感じる。

(一応、カードの枠は確認したけど、誘っておいてまさか俺が支払うとかないよな)

 会社で営業のエースとなるべくバリバリ働いていても、一回の食事が万単位しそうな食事など、滅多にできるものではない。

 やきもきしている健二の気持ちなど知らないという表情で、佑は運ばれてきた熱いお茶を飲んでホッとした顔をしている。

 やがてドリンクメニューが運ばれてきたが、基本的に千円超えの値段に健二は内心顔を引き攣らせる。
 こういう店に来た事がないとは言わないが、彼女の誕生日やクリスマスなど、本当に特別な時だけだ。
 それも給料に余裕を持たせた時に行くので、心構えができていない状態でこういう値段を見ると心臓に悪い。
 佑はメニューを見て高価そうな日本酒を頼んだが、健二は〝世界の御劔〟に喧嘩を売られる状況で酒を飲んでいられないので、大人しくソフトドリンクにした。

「コース料理を予約していたのですが、アレルギーや嫌いな食べ物はありますか?」

「アレルギーはありません。嫌いな物も……大丈夫です」

「そうですか、良かった」

 本当は、細かく言えば好きではない食べ物が沢山ある。
 だが無理をすれば食べられなくもないので、今は我慢する事にした。

 何より、あらゆる面でこの男に負けたくないと足掻く気持ちがあるのに、嫌いな物が沢山あるなど言えない。

 飲み物を頼んで女性が一度出て行ったあと、健二は落ち着かない気持ちのまま口を開いた。

「……あの、今日お会いした理由というのは……」

 掘りごたつの下でせわしなく脚を揺らし、健二は呼吸を整えながら問う。

 普通、自分の女が他の男とデートしたと聞いたなら、最初から喧嘩腰でかかってくるものだ。
 それなのに佑はゆったりと構え、それが逆に恐ろしい。

「その話は、せっかくの飯が不味くなるので、食べ終わってからにしましょう」

 ニッコリと微笑まれ、健二は顔を引き攣らせた。

(〝飯が不味くなる〟ような事を言うつもりなのかよ!)

 そのあと、前菜から始まる和食コースが運ばれてきて、見るからに美しく、彩りにも気を遣われ、一口くちに入れると素材の味を十二分に味わえる絶品料理だったのだが、健二はろくに味わう事もできなかった。

 佑は健二に『AKAGI』での働きぶりを話させ、仕事への熱意などを聞いて嬉しそうに微笑んでいる。

 止肴の鮟肝を食べ終えてデザートにフルーツを食べたあと、「さて……」と佑が呟いて健二は身を強張らせる。
 こんなに豪勢で、一緒に食べる相手も一流ながら、美味しくない食事も生まれて初めてだ。

「先日は香澄がお世話になりました」

 微笑まれたが、彼が本心からそう思っていない事は雰囲気で分かる。

「……久しぶりに同級生に会ったので、嬉しくなって誘ってしまいました」

「そうですか。香澄も『同窓会のノリで』と言っていましたが……、どうやら、普通のデートと遜色ない行動を取っていたようですね?」

 まるで見ていたように言われ、健二はギクリとして顎を引く。
 佑は、それは美しく微笑んだままじっとこちらを見据えている。

「事後報告になって申し訳ないのですが、うちの護衛に当日の二人を見てもらっていました」

「な……っ」

「万が一、彼女の身に何かあったら困りますから」

 にっこり笑われ、何と返事をしたらいいか言葉に詰まる。

「……し、信頼されていなかったという事ですか?」

「いいえ。私自身、護衛をつけています。経営者で護衛をつけている者は少なくないでしょう。そして香澄は私が結婚したいと望んでいる恋人です。私と彼女の関係を知った何者かが、香澄に害を与えないとも言い切れません。その意味で、常に護衛をつけています」

「それは……そう、ですね」

 御劔佑と言えば、世界の長者番付にも名を連ねる人物だ。

 それだけ成功しているなら、勿論人からの恨みも買う。
 中には殺したいと思っている者もいるかもしれない。

(俺は別に、香澄を誘拐して人質に取ろうなんて思ってないし……)

 内心で言い訳をし、健二は自分を落ち着かせるようにお茶を飲む。

「しかし、夕食に完全個室の店に入られた時は参りましたね」

 少し声のトーンを上げて言われ、健二はまた身を強張らせる。

「わ……っ、わざとでは……っ」

「――ええ。わざとでしたら堪りません。恋人がいると知っている相手を、個室の店に誘ったのですから」

 少し前屈みになった佑が、日本人よりずっと色素の薄い目で上目遣いに見てくる。
 その眼力と、薄い色味の奥にある虹彩に見つめられ、健二は落ち着きなく視線を泳がせた。

「……わざとではなかったのなら、どういうつもりだったのか説明して頂いてもいいでしょうか? 私は香澄の現在の恋人ですから、自分の彼女が他の男と個室に入ったと聞いて、穏やかでいられないのです」

(まずい……)

 佑はずっと友好的に接していたから、すっかり勘違いしていた。

 目の前のこの男は、とても紳士的にブチ切れているのだ。

 生唾を嚥下し、健二は必死に言い訳を考える。

 ――本音を言えば、香澄とよりを戻したかった。

 再会した時の彼女があまりに自分好みで、「自分の女にしたい」「抱きたい」という欲が駆け巡ったのだ。

 昔の彼女は自分の言う事に逆らわなかったし、今も少し強引に押せばいけるのでは? と思った。

 彼氏がいると言っていたが、健二は自分のスペックに自信を持っていた。
 身長は高いほうで、週末はフットサルをやりジムで体を鍛えている。
 顔だって悪くないし、大手スポーツメーカーで働いている。
 その辺の合コンでスペックを発表すれば、ほとんどの女性が自分を狙う事も分かっている。
 今までそれなりに付き合ってきて、何をすれば女性が喜ぶのかも分かっているつもりだ。

 だから先日のデートでは、いい男を演じて香澄が自分とよりを戻したいと思えば……と狙っていた。
 しかし海老で鯛を釣ったつもりで、その鯛に鮫がついているとは思っていなかった。

「個室……は、偶然です。特にやましい意図はありません」

「ほう? あの店は全席個室で、あなたは予約してすんなり店に入ったようでした。それなのに、個室だったのは知らなかった……と?」

 健二は唇を歪め、口内に溜まった唾液を嚥下して息を吐く。

「香澄は酷く怯えていました。あなたとの外出が終わったあと、夜道は危ないから必ず連絡するようにと言っていたのに、一人で歩いて帰ろうとしていました。そして泣いた彼女の口から聞かされたのは、大学生時代にあなたにレイプされたという話です」

「な……っ!? そ、そんな……! してません! 俺と香澄は付き合っていたから、すべて合意の上です!」

 流石にカッとなり、健二の声が大きくなる。
 だが佑はまったく動揺せず、目を細めただけだ。

「付き合っている恋人同士なら、レイプは成立しないと?」

「当たり前でしょう! 付き合っていないならともかく、恋人、夫婦間でレイプなんてあり得ません」

 心の底から思っている事を口にしたが、佑は「やれやれ」という表情で溜め息をついた。

「仮に、別れた恋人がいるとしましょう。その理由は常に彼氏から精神的なハラスメントを受け続け、金銭的にも搾取され、望まない性行為を繰り返されていたからだった。これらは立派なDVです」

 ぐっと言葉に詰まった健二に、佑は静かに微笑んだまま言葉を続ける。

「世の中には別れたくても、別れを切り出せられない人がいるでしょう。相手に逆らったら逆上され、自分がどうなるか分からない。または、相手にハラスメントのすべてを『あなたのため』と洗脳され、自分が至らないから怒られているのだと思い込んでいる人もいるでしょう」

 それはよく聞く話なので、特に言うべき言葉はない。

 だが自分と香澄がそうだったと言われたら、断固として違うと言える。
 香澄は自分の意思でセックスに応じたし、別れを切り出したのだって向こうからだ。
 それに対し自分はすんなり別れに応じてやり、しつこくしなかった。

「世の中、大変な人たちはいますよね」

 相槌を打つと、佑がうっすらと笑った。

「香澄を三時間も待たせたのはどうしてです?」

 昔の事を佑に尋ねられると思わず、健二はまた言葉に詰まる。

「映画館でいやらしい事をさせてくれなかったから、腹が立って彼女と喧嘩をした? 彼女の何よりも大切な親友を、身体的特徴で侮辱した? その腹いせに、三時間も待たせたんですか?」

 静かに淡々と言われ、その迫力に健二は呼吸をする事も忘れている。

「あなたがやった事は、子供にも劣る酷い〝仕返し〟だ。『腹が立ったからこれぐらいしてもいいだろう。どうせ香澄は自分の彼女で、何をしても断らない』あなたは香澄が自分の彼女という立場を利用して、好きなように体も心もいたぶっていたんです」

「ち……っ、ちが……っ!」

 反論しかけた健二に向かって、佑は掌を突きつけて黙らせる。
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