最後の詰みが甘すぎる。
第三局


 四月上旬になり名人戦がいよいよ近づいてくると、テレビや雑誌で廉璽のことがこぞって取り上げられるようになった。
 対局中のお昼ご飯やおやつのメニューなど、大半は将棋とは関係ないものばかりだが、それだけ今回の名人戦は注目度が高いという証拠だった。
 母など三日前から父の仏壇の前で廉璽の勝利を拝み続けている。父だって困るだろう。
 拝むなら神社かお寺に行くべきなのではと、柚歩は思っていた。
 
「いよいよ。明日ね……」
「やだ。なんでお母さんが緊張してるのよ」
「だってえ……」

 リビングの壁に掲げられているカレンダーには既にいくつも赤丸が付けられている。
 廉璽が挑むのは名人戦七番勝負。四月上旬から六月下旬までの約三ヶ月、十日から二週間間隔で計七回対局が行われる。一回の対局に二日間が費やされ、開催期間ともに長丁場だ。この七番勝負で先に四勝した者が晴れて名人となる。
 棋士にとって名人位はやはり特別だ。
 他のタイトルがトーナメント方式なのに対して、名人位は一年間を通して行われる順位戦(リーグ戦)によって挑戦者が決定される。
 過酷な一年を勝ち抜いた者にしかその挑戦権は与えられない。

(廉璽くんは今頃前夜祭か……)

 タイトル戦の前には前夜祭と呼ばれる催しが行われる。タイトル戦は全国各地の有名ホテルや景勝地で開催される。前夜祭には地元のファン、有力者、スポンサーなどが押し寄せ棋士達と交流を深める。こうした地道な啓蒙活動や広報活動もタイトル戦の看板を背負う彼らの仕事のひとつだ。

 今頃、廉璽は前夜祭で大勢の人とカメラに囲まれているのだろう。
 母とは違い、柚歩はさして心配していなかった。
 多分廉璽は緊張などせずいつも通り将棋を指すはずだ。

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