甘く奪って、離さない

11話


11話―Call my name―


〇 遊園地(昼)

人生初のジェットコースターに乗っているまりな。

予想以上のこわさに顔面蒼白だ。声も出せずに放心状態。

一方で、隣に座っている晴史は両手を上げて楽しそうにはしゃぎながらジェットコースターを満喫している。


まりな(どうしてこんなことに……)


〇(回想)数日前の学校・まりなの教室前の廊下

お昼休み、晴史がまりなを訪ねて教室にやって来た。そして二枚のチケットを見せる。


晴史「まりな先輩、今週の日曜って暇?」

まりな「バイトは入ってないけど」

晴史「じゃあ決まり。デートしよ」

まりな「突然だね」


呆れるまりな。晴史はにこにこと笑っている。


晴史「デートっていうかダブルデート」

まりな「ダブルデート?」

晴史「そうそう。はい、これまりな先輩のチケットね」


晴史はまりなの手に無理やりチケットを握らせた。


まりな「まだ行くって言ったわけじゃ――」

晴史「八時にまりな先輩の家に迎えに行くから」

まりな「えっ、ちょっと待ってよ」


チケットだけを渡して晴史はこの場を後にした。

〇(回想終了)


ジェットコースターから無事に生還したまりなはベンチにぐったりと座っている。


?「まりなさん大丈夫ですか」


隣に座っている女子がまりなの背中をさすっている。

ツインテールの先をくるんと巻いた髪型がかわいらしい女子だ。メイクもしているようで、サーモンピンクのリップを引いたぷっくりとした唇が彼女のかわいらしさをさらに引き立てている。


まりな「ありがとう凛花(りんか)ちゃん。もう大丈夫」

凛花「無理しないでくださいね」


〝凛花〟と呼ばれた女子が心配そうにまりなを見た。その隣には晴史のクラスメイトの真琴の姿もある。


真琴「まりな先輩、次アレ乗ろうよ」


そう言って真琴が指差した先では、海賊船のような船がブランコのように大きく揺れているアトラクションがある。

見た目からしてこわそうでまりなの顔が引きつる。


まりな「アレ乗るの?」

真琴「絶対に楽しいから」


すると凛花が真琴に向かって怒ったように詰め寄った。


凛花「ちょっと真琴! まりなさんイジメないでよ。乗りたくなさそうじゃん」

真琴「だってまりな先輩の反応おもしろくて」


真琴がププッと小さく吹いて笑い出す。


真琴「コーヒーカップで目回して歩けなくなるし、お化け屋敷はこわすぎて猛ダッシュで逃げてくし、メリーゴーランドでは馬から落ちそうになるし。つか、小さな子供でもひとりで乗れてたのにウケる」


真琴がゲラゲラと笑っている。彼の言ったことはすべて事実なのでまりなはがっくりと肩を落とした。


まりな(やっぱり来なければよかった)


〇(回想)数時間前の遊園地

午前八時ちょうどに晴史がマンションまで迎えにきたので、連れられるようにして遊園地にやってきたまりな。

入場口付近に向かうと、晴史の知り合いらしき男女が待っていた。


真琴「まりな先輩。俺のこと覚えてる?」


体育祭のときに晴史のことを迎えにきたクラスメイトだ。


凛花「初めまして。晴史と同じクラスで真琴の彼女の凛花です」


どうやら今日はこのふたりも一緒らしい。


まりな(そういえばダブルデートって言ってたけど……)


つまり二組のカップルでデートをするということだ。

まりなは隣に立っている晴史にちらっと視線を向けた。


まりな「私たちは付き合ってないよね」

晴史「まぁ細かいことは気にしない」


晴史に笑って誤魔化されてしまった。

〇(回想終了)


まりながほぼすべてのアトラクションで本人の意思とは関係なくおもしろい行動を取るのが真琴のツボにハマったらしい。

笑い続けていると、それを凛花がたしなめる。


凛花「もう笑うのやめなよ。晴史に怒られるよ」

真琴「そういやあいつ飲み物買いに行ったきり戻ってこなくね?」

凛花「確かに」


真琴と凛花の会話を聞いていたまりなが周囲を見渡す。


凛花「あ、あれ晴史じゃない?」

真琴「あー、ホントだ。年上美人たちに囲まれていつもの逆ナンでもされてんじゃね」


少し離れた先にいる晴史が年上らしき女性たちに囲まれて行く手を遮られている。晴史は恐ろしいくらいに無表情で女性たちをまったく相手にしていない。


真琴「あいつどこにいてもモテんだよなぁ。ムカつく」

凛花「だって晴史かっこいいもん。真琴よりもね」

真琴「はぁ?」


ギャーギャーと仲良さそうに言い合いを始める真琴と凛花のことは無視して、まりなは年上美女たちに囲まれている晴史を見つめた。


まりな(そういえば映画館でも声掛けられてたよね)
   (吉野くんにはああいう美人がお似合いだなぁ)


そう思ったらまりなの胸がズキンと痛んだ。

すると晴史の視線が不意にこちらへ向かい、少し先にいるまりなを見つけた。

目が合うと、冷めた無表情が一変して弾けるような笑顔に変わる。そのまま女性たちを押しのけてまりなのいる方へ歩いてきた。


晴史「はい。まりな先輩にお茶買ってきた」

まりな「ありがと」


ペットボトルの麦茶を受け取るまりな。


真琴「晴史、俺には?」

晴史「ない」

凛花「私には?」

晴史「ない」


どうやらまりなの分だけ買ってきたらしい。晴史がまりなの隣に腰を下ろす。


晴史「体調どう?」

まりな「だいぶ良くなったよ」


ジェットコースターに乗って気持ち悪くなってしまったのだが、ベンチに座って休んでいたら快復した。けれどまだ本調子ではない。


まりな「私はしばらくここにいるからみんなで回ってきて」


足手まといになると思い、まりなはそう提案した。


晴史「じゃあ俺もここにいる。真琴と凛花で回ってきなよ」

まりな「吉野くんも一緒に行っていいよ」

晴史「いや、いいよ。まりな先輩といるから」


晴史がまりなの手をぎゅっと握って笑った。その瞬間、まりなはドキッと胸が高鳴る。


晴史「ここからはカップル同士で回ろう。五時になったらまたここに集合」

真琴「オーケー。行くぞ、凛花」


真琴が凛花の手を取り、ふたりはこの場を後にする。

その背中を見送りながらまりなは晴史に声を掛ける。


まりな「吉野くん」

晴史「なに?」

まりな「ここからはカップル同士って、あのふたりはそうだけど私たちは違うよね」

晴史「もう付き合ってるみたいなもんじゃない?」

まりな「まだ付き合ってません」


そう答えて、まりなは晴史が買ってきてくれたお茶を飲む。


?「もしかしてまりな?」


すると不意に声を掛けられた。

振り向いて、そこに立っている人物を見た瞬間、まりなの目が見開く。


まりな「亜里沙……」


中学時代、クラスの中心となってまりなを仲間外れにしていた友達の登場にまりなは動揺する。


晴史「知り合い?」

まりな「う、うん。中学の頃の……」


友達と答えようとして言えなかった。

亜里沙とは小学生の頃と中学の途中までは親友と呼べるくらいに仲が良かったのに。


亜里沙「久しぶり。元気だった?」

まりな「うん。亜里沙は?」

亜里沙「まぁまぁかな。今日は彼氏とデートなんだけどまりなも?」


亜里沙の視線が晴史に向かいジロジロと見る。再びまりなに視線を戻した亜里沙が嫌味な笑顔を向けた。


亜里沙「かっこいい彼氏だね。もしかして中学の頃みたいに誰かの男を横取りした?」

まりな「えっ」

亜里沙「まりな得意だもんね。人のもの取るの」

まりな「……っ」


中学時代、亜里沙の好きな男子に告白されたときのことを思い出す。

それをきっかけに亜里沙から無視されて、おそらく亜里沙の指示でクラスメイトの女子たちからも仲間外れにされた。

まりなとしては今もトラウマとして残っているつらい記憶だ。

まりなはなにも言い返せず、爪が食い込むほど強く手をぎゅっと握り締める。


晴史「あんたなに言ってんの?」


隣から晴史の普段よりも冷たい声が聞こえた。

その目は鋭く亜里沙のことを睨んでいる。


晴史「まりな先輩はなにも取ってないよ。今も昔もね」


まりな(吉野くん……)


晴史に亜里沙のことを紹介していないが、以前少しだけ中学時代の話をしたことがあるのでおそらく察したのだろう。


晴史「あんたの勝手な勘違いでまりな先輩を傷つけるのはやめろ」

まりな「吉野くんもういいよ」


まりなは晴史の腕を掴んで言葉を止めようとする。

亜里沙が悔しそうな表情を浮かべた。


亜里沙「わかってるわよ。まりなが林くんを取ったわけじゃないって。でも悔しかったんだもん」

晴史「それでまりな先輩のこと無視したんだ」

亜里沙「そうよ」

晴史「最低だね、あんた」


亜里沙が晴史のことを睨む。


亜里沙「関係ないでしょ」

晴史「あるよ」


晴史が立ち上がる。亜里沙に近付くと高い背を屈めて、冷たい表情で亜里沙の顔を覗き込んだ。


晴史「まりな先輩は俺の大事な人だから。傷つけるやつは誰だろうと許さない」

亜里沙「……っ」


至近距離で晴史に睨まれた亜里沙はすっかり怯んでしまい言葉を失う。


晴史「謝れば許してあげる」


冷たい表情を崩した晴史がいつものような飄々とした笑みを見せた。


亜里沙「謝らないわよ、絶対に」


晴史に怯えつつも吐き捨てるようにそう答えて亜里沙は背を向ける。そのまま足早にこの場を去っていくと、遠くで待っている彼氏らしき男子と一緒に歩いていった。

晴史がため息をこぼす。


晴史「嫌な女」


そしてベンチに座ったままのまりなを振り返る。


晴史「まりな先輩大丈夫?」

まりな「うん」


うなずくまりな。


まりな「ありがとう吉野くん。私のために」


晴史がまりなの隣に腰を下ろした。


まりな「なんだかちょっとだけスッキリした」


まりなは笑って見せるがその笑顔はぎこちない。たぶんスッキリなんてしていないのだろう。

そんなまりなをジッと見ていた晴史だったけれど不意に視線を逸らして、遊園地のシンボルにもなっている大観覧車を見た。


晴史「ねぇ、まりな先輩。アレ乗ろうよ」


晴史は大観覧車を指差して微笑んだ。



〇 大観覧車のゴンドラ内

頂上に近付き、まりなは窓に張り付いて楽しそうに眼下の様子を眺める。


まりな「わぁ~。みんなちっちゃく見える」

晴史「よかった。やっとまりな先輩が笑ってくれた」


向かいに座る晴史が安心したように笑った。


晴史「まりな先輩今日あまり楽しそうじゃなかったから。まぁ俺が無理やり連れて来たってのもあるけど」

まりな「そんなことないよ。本当はちょっと楽しみだった」

晴史「そうなの?」

まりな「遊園地なんて久しぶりだから。でもまさか自分がこんなに乗り物に弱いとは……」


コーヒーカップで目を回し、ジェットコースターに乗って気分が悪くなり、他にもいろいろと迷惑を掛けたことを思い出すまりな。


晴史「観覧車は? 楽しい?」

まりな「うん」


笑顔のまりなを見て晴史も笑顔になる。


まりな「あ、見て吉野くん。そろそろてっぺん」


まりなたちを乗せたゴンドラが頂上に近付く。

すると向かいに座っていた晴史が突然立ち上がり、まりなの隣に腰を下ろした。


晴史「まりな先輩。一回だけ俺のこと名前で呼んで」

まりな「え、なんで?」

晴史「お願い。一回でいいから」


まりな(まぁ名前で呼ぶくらいなら)


わざわざ隣の席に移動して、どうしてそんなお願いをしてくるのかわからない。けれど、名前を呼ぶくらいなら別に難しいことではないのでまりなは了承した。


まりな「晴――」

晴史「ちょっと待って」


晴史の手がまりなの口を塞ぐ。


晴史「まだ。俺がいいよって言ったら呼んで」


よくわからないけれどまりなはその通りにすることにした。

いったい何のタイミングを待っているのかわからないけれど、少ししてから晴史がまりなの口を塞いでいた手を離した。


晴史「いいよ、呼んで」


Goサインが出たのでまりなは晴史を名前で呼ぼうとする。けれどなぜか緊張してしまった。

それでも晴史が待っているのでゆっくりと口を開く。


まりな「晴、史……」

晴史「まりな」


晴史がまりなの頬に手を添えると、顔を近付けて噛みつくようなキスをした。


まりな(……!)


突然のことに目を見開くまりな。

晴史が目を閉じたまま、まりなの唇を堪能するようにキスを続けている。

息が苦しくなるくらい長く続いたキスだったけれど、観覧車の頂上を過ぎた頃にようやく晴史がまりなの唇を解放した。


晴史「まりな先輩知ってる? この観覧車のてっぺんでお互いの名前を呼び合ってキスしたカップルはずっと幸せでいられるんだって」


まりなの頬に手を添えたまま、まりなの瞳を見つめながら晴史が微笑む。


晴史「俺たち幸せになれるね」

まりな「……付き合ってないけどね」


恥ずかしさからまりなは晴史から視線を逸らして、ついそんな可愛くないことを言ってしまった。

けれど晴史はうれしそうだ。



〇 まりなのマンション近く(夕方)

遊園地を後にして帰宅の途に着くまりなと晴史。晴史がまりなを自宅まで送っている。


まりな「凛花ちゃんいい子だね。連絡先交換しちゃった。真琴くんは吉野くんに似てるよね」

晴史「そう?」

まりな「意地悪なところが」


まりな(私の方が先輩なのにからかってくるところがそっくり)
   (さすが友達)


晴史「真琴に意地悪されたの?」

まりな「えっ、あ、うん。意地悪というか」


まりながほぼすべてのアトラクションで本人の意思とは関係なくおもしろい行動を取るのが真琴のツボにハマったらしく、ゲラゲラと笑っていた真琴を思い出す。


晴史「真琴のやつ。明日シメる」


隣から晴史の不穏なオーラを感じ取り、まりなの顔が引きつる。


まりな(なんかごめん、真琴くん)


心の中で真琴にお詫びをした。


晴史「というかまりな先輩。真琴は名前で呼ぶんだ」

まりな「あ、うん。みんなそう呼んでたから」

晴史「ふーん」


面白くなさそうな顔を浮かべる晴史。どうやら拗ねているようだ。


晴史「俺のことはいつまでたっても吉野くんなのに」

まりな「名前で呼んだ方がいいの?」

晴史「もちろん」


まりな(まぁ名前で呼ぶくらいなら)


まりな「晴史くん?」

晴史「晴史でいいよ」

まりな「呼び捨てはなぁ。晴史くんでいい?」

晴史「いいよ」


晴史がまりなの指に自分の指を絡めて手をぎゅっと握った。思わずドキッとしてしまうまりな。


まりな(たぶん私もう晴史くんのこと――)


好きなのかもしれない。

薄々気付いていた感情をまりながしっかりと認めようとしたとき、背後から男性の声に呼び止められる。


?「まりちゃん?」


その声にハッと後ろを振り返るまりな。そこには二十代前半ぐらいの男性が立っている。

長めの前髪をセンターで分け、ラフにくしゅっと動きをつけている。一重の目に、スクエア型の黒縁眼鏡をつけていて、知的な印象と、ふんわりと優しげな雰囲気が漂う男性だ。


?「やっぱりまりちゃんだ。久しぶり」

まりな「(わたる)くん」


途端にまりなの表情がぱぁっと明るくなる。晴史の前でも見せたことのない笑顔だ。

渉と呼ばれた男性がまりなに駆け寄ってきた。


渉「昨日アメリカから戻ってきたんだ」


渉の視線がまりなと手を繋いでいる晴史へと向かう。まりなはとっさに晴史の手を離した。


渉「彼氏?」

まりな「違う。高校の後輩」

首を横に振り、彼氏ではないと否定するまりな。渉の視線が晴史に向かった。


渉「初めまして。北見(きたみ)渉といいます」

晴史「どうも、吉野です」


素っ気なく挨拶を返す晴史。


晴史「俺帰るよ」

まりな「え」


晴史がまりなたちに背を向ける。


晴史「じゃあね」


この場を去っていく晴史の背中を見つめるまりな。


渉「帰ろう、まりちゃん」

まりな「うん」


晴史のことを気にしつつ、まりなは渉と並んで歩き出した。


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