甘く奪って、離さない

2話


2話ーfriend? girl friend?ー


〇 学校・まりなの教室(朝)

登校して自分の席に座ったまりな。

前の席の椅子にはクラスメイトではなく晴史が座っていて、まりなを見ながらニコニコと笑顔を浮かべている。

二年生なのに堂々と三年生の教室に居座っているが誰も晴史を注意しようとはしない。男子生徒は声を掛けられず、女子生徒は見惚れるように晴史を見つめていた。


晴史「おはよう、まりな先輩」

まりな「おはよう」


挨拶をされたのでしっかりと返したが視線は合わせない。

まりなは通学カバンから本を取り出して読み始めた。


晴史「それ昨日とは違う本だよね。ミステリー系? 恋愛系? んー、タイトルだけ見てもわからないなぁ。ねぇ、まりな先輩。その本おもしろい?」


無視を続けていたまりなだったがとうとう耐えられなくなり、呼んでいた本を閉じると机の上にバンッと音をたてて置いた。

それから晴史を睨むように見つめる。


まりな「話しかけないでっ!」

晴史「あ、やっと目が合った」


まりなはどう見ても怒っているのに、そんなことは少しも気にならないらしい晴史が楽しそうに笑っている。

その飄々(ひょうひょう)とした態度にまりなの怒りはしゅるしゅると萎んでいき、ため息がこぼれた。


まりな(友達が欲しいって思ったけど……)
   (あんたみたいなのじゃないっ!)


〇(回想)数日前のまりなの教室

晴史「俺、二年の吉野晴史。よろしくね、まりな先輩」


口をポカンと開けたまま呆然としているまりなに向かって、晴史は手を差し出して握手を求めた。


晴史「俺、先輩のこと気に入ったんだよね。だから友達になろうよ」

〇(回想終了)


まりな(それから毎日のように来るんだけど)
   (絶対に中園(なかぞの)さんのせいだ)


〇(回想)数日前、まりなのバイト先のコンビニ

客のいない店内のカウンターでバイト仲間の女子と話しているまりな。


まりな「えっ。中園さんが教えたんですか」

中園「ごめんね~。だって彼、とってもかっこいいから、つい」


てへっと笑う大学生バイトの中園。

どうやらまりながシフトに入っていない日にハンカチを持ってコンビニに訪れた晴史から、まりなの名前と年齢、通っている高校を尋ねられたらしい。

個人情報を勝手に教えるのは……と、思いつつ「教えてください」と端正な顔立ちで微笑む晴史のお願いについ口を滑らせてしまったそうだ。

〇(回想終了)


まりな「吉野くん」

晴史「晴史って呼んで」

まりな「〝吉野くん〟」


名前でなんて呼びません。という意味を込めて、まりなはあえて強調するように晴史のことを名字で呼んだ。


まりな「そろそろホームルーム始まるよ」

晴史「もうそんな時間?」


ちらっと時計に視線を移した晴史が立ち上がる。


晴史「じゃあね、まりな先輩。また来るから」


そう言って晴史はまりなの頭に手を添えると優しく髪を撫でた。


まりな(……!)


弾かれたように顔を上げたまりなの頬がみるみる赤く染まっていく。

その反応に満足げな顔を見せて晴史は教室を出て行った。


まりな(もう来なくていいっ!)



〇 学校・まりなの教室(お昼休み)

昼休みになり、購買のパンを買いに行く生徒や、仲良しグループで机をくっつけてお弁当を食べ始める生徒たち。

まりなは通学バッグから手作りのお弁当を取り出して、自分の席で食べ始めた。


まりな(三年生になってもひとりでお昼かぁ……)


始業式から今日まで、友達を作ろうとまりななりに努力はした。

すでに仲良しグループができあがっていたが、自分から声を掛けようとしたのだ。

でもあと一歩が踏み出せなかった。


まりな(友達ってどうしたらできるんだろう)


ひとりぼっち期間が長すぎてもはやわからなくなっている。

まりなはお弁当の卵焼きを箸でつかむと、口に入れてもぐもぐと食べ始めた。

するとクラスメイトの女子に声を掛けられる。


女子生徒「美味しそうなお弁当だね」


振り返ると、ふわふわとした茶色い髪が印象的な小柄な女子が笑顔を浮かべていた。


女子生徒「雪村まりなちゃんだよね。一緒に食べてもいい?」

まりな「えっ……あ、うん」


女子生徒は近くの机を持ってきてまりなの机とくっつける。

椅子に座ると自分のお弁当を広げながら「鶴田(つるた)梨央(りお)だよ。よろしくね」と自己紹介をした。明るくて気さくな性格のようだ。


まりな「鶴田さん……」


新しいクラスになって初めて声を掛けてくれた梨央の名字を噛みしめるように呟いたまりな。


梨央「梨央でいいよ。名字だと堅苦しいじゃん」


梨央がクスッと笑う。まりなも釣られて笑顔になった。


梨央「まりなちゃんの卵焼きふっくらしていて美味しそう」

まりな「そうかな」


褒められて照れるまりな。


まりな「自分で作ったんだけど」

梨央「そうなの? もしかしてこれ全部?」

まりな「うん。毎日自分で作って持ってきてるから」

梨央「すごーい。尊敬なんだけど。私はお母さんに作ってもらってるからなぁ」


そんな会話をしつつ、クラスメイトと一緒にお昼休みを過ごせていることにこっそりと感動しているまりな。


梨央「そういえばまりなちゃんは二年の吉野くんと仲いいの?」


梨央が突然話題を変えた。


梨央「吉野くんとは関わらない方がいいよ」


どうしてそんなことを言うのだろう。まりなはきょとんとした顔で梨央を見る。


梨央「吉野くんってけっこう悪い噂あるから」

まりな「悪い噂?」

梨央「やっぱり知らないんだ」


梨央がまりなに顔を近づけてこっそりと教えてくれる。


梨央「吉野くんイケメンでしょ。だから自分に気のある女の子をとっかえひっかえして遊んでるらしいよ」

まりな「へ、へぇ……」

梨央「年上の女性と関係を持ってお金を貰ってるとか、良くない噂たくさんあるし」


ふと思い出したのは晴史と初めて会った日のこと。

女性から〝クズ男〟と言われて頬を思い切り叩かれていた。


梨央「だから吉野くんとは関わらない方がいいよ。友達からの忠告」

まりな「友達?」


にっこりと微笑む梨央。


梨央「友達になろうよ、まりなちゃん」


まりな(友達……)


平然を装ってはいるが内心では感動している。踊り出したい気分だ。喉から手が出るほど欲しかった友達ができたのだから。


まりな「うん!」


まりなは大きくうなずいた。



〇 まりなのバイト先のコンビニ(夕方)

客のいない店内で思わずあくびをしてしまうまりな。


まりな(どうしよう。眠い……)


ふとコンビニの外に視線を向けると、日が暮れ始めた歩道には制服を着た学生たちが賑やかに話をしながら下校している。

部活帰りだろうか。

同じ学生だというのに放課後もバイトに明け暮れている自分が一瞬だけむなしくなった。

そのときふと昼間の教室で『友達になろうよ、まりなちゃん』と言ってくれた梨央のことを思い出す。


まりな(友達かぁ)


ふふふと思わず笑みがこぼれた。眠気も吹き飛ぶ。

すると入店音が鳴り、男性客が入店してくる。スーツを着た三十代ぐらいの男で、この時間帯によく来る常連客だ。おそらく仕事帰りなのだろう。

カウンターにいるまりなに気が付き、男性客がパァッと表情を輝かせる。軽く頭を下げられたので、まりなは「いらっしゃいませ」と笑顔を返した。

男性客は商品棚からお弁当やビールなどを手に取ってカウンターに持ってくる。


男性客「こんばんは」

まりな「こんばんは。お疲れさまです」

男性客「まりなちゃんもお疲れさま」


常連である男性客と軽く挨拶を交わしてから、まりなは商品のバーコードをスキャンして袋に詰めていく。

その様子を男性客が食い入るように見つめている。

その視線に気づいたまりなが顔を上げると、男性客が笑顔を見せる。まりなもまた笑顔を返すものの、その顔はひきつっていた。


まりな「ありがとうございました」


会計を済ませて、商品の入った袋を男性客に手渡す。すると彼はわざとまりなの手に触れて袋を受け取った。

まりなはサッと手を引っ込める。


まりな(この人苦手なんだよね)


まりながシフトに入っている日は必ずといっていいほど現れる。

商品棚の前に立って商品を選ぶふりをしながらカウンターにいるまりなのことをちらちらと見てきたり、馴れ馴れしく声を掛けてきては名前や年齢、通っている高校を教えてほしいとプライベートなことを聞き出そうとしてきたり……。

とにかく気持ちが悪いのだ。


まりな(この前は彼氏がいるのか聞かれたなぁ)


男「あの……」


購入した商品を受け取った男性客は帰ることなく、スーツのポケットから一枚のメモ用紙を取り出した。それをまりなに渡す。


男性客「これ僕の連絡先なんだけど」

まりな「えっ」


そこにはスマホの番号と思われる数字と、アドレスと思われるアルファベットが書かれている。

まりなの顔が引きつった。

差し出されたメモ用紙を受け取らないでいると、男性客が無理やりまりなの手に握らせる。


男性客「終わったら連絡して」

まりな「い、いえ。こういうのはちょっと」


まりなはメモ用紙を返そうとしたけれど男性客はそれを受け取ることなく、コンビニを出て行ってしまった。


まりな(どうしよう)


連絡先が書かれたメモ用紙を見つめていると、「これください」と客がカウンターに商品を持ってくる。


まりな「はい。……あっ」


そこにいたのは私服姿の晴史だった。

どうしてここに……という驚いた表情を浮かべているまりなに気付いたのか晴史がにっこりと微笑む。


晴史「ここに来れば会えると思って」


まりな(会いたくないんだけど)


ただでさえ常連客の男に連絡先を渡されて困っているというのに、さらに面倒な人物に絡まれたくない。

まりなは小さくため息をこぼした。

すると晴史が突然まりなに向かって手を伸ばす。


晴史「それ貸して」


晴史はまりなの手から男の連絡先が書かれたメモ用紙を奪い取ると、片手でくしゃりと丸めた。


晴史「捨てとくよ」

まりな「えっ。あ、でも……」


もしかして先ほどのやり取りを見ていたのだろうか。

男性客に連絡するつもりはないけれど、捨ててしまうのはどうなのだろう。メモ用紙を取り返そうと手を伸ばすと、晴史に睨まれてしまった。


晴史「あの男に連絡するの? しないよね」

まりな「う、うん」


まりながうなずくと、その答えに満足したらしい晴史が笑顔を見せる。そして、くしゃくしゃに丸めたメモ用紙をジャケットのポケットに突っ込んだ。



〇 コンビニの外(数十分後)

まりなに連絡先を渡した男性客がコンビニの外をうろうろしながら、中の様子をちらちらと伺っている。

彼の視線の先には品出し中のまりなの姿がある。客に声を掛けられて笑顔で答える彼女を見て、男性客は親指の爪を噛み、悔しそうに顔を歪ませた。


男(俺以外の男に笑顔を見せるなんて)


この男性客はコンビニ店員であるまりなに好意を寄せている。

何度も通い詰めて声を掛けることで少しずつ距離を縮め、今日やっと連絡先を渡せたのだ。

コンビニの外から店内のまりなの様子を見つめていると、後ろからトントンと肩を叩かれて男性客が振り返る。


晴史「すみません。これあなたのですよね」


声を掛けたのは晴史だ。その手に持っているのはくしゃくしゃになったメモ用紙で、それを見た瞬間男性客が目を見開く。


男性客「こ、これ。どうしてお前が……」


まりなに渡したはずの連絡先を書いたメモ用紙だ。晴史の視線がコンビニの中へと向かう。


晴史「さっきからここでなに見てんの。もしかしてこの連絡先を渡した彼女のこと見てた?」

男性客「関係ないだろ。というかなんでお前がそれを……」


男性客がメモ用紙を取り返そうと手を伸ばす。晴史は意地悪く腕を真上にまっすぐ伸ばし、背の低い男性客が届かないようにメモ用紙を自身の頭上に持っていった。


男性客「返せよ」


男性客はぴょんぴょんと飛び跳ねながら、晴史からメモ用紙を取り返そうとするがまったく届かない。

晴史は片方の口角を上げてニヤッと笑うと、自身の頭上でメモ用紙をびりびりに破いていく。


男性客「あ、おい。お前なにを」


男性客は頭にカッと血がのぼる。一方の晴史は動じることなく余裕の表情で、びりびりに破いたメモ用紙をパラパラと地面に落とした。

男性客が地面に手をついて、ばらばらに破かれたメモ用紙を慌てて拾い集める。晴史は男性客と目線が合うようにしゃがみ込み「あんたさ」と冷たい瞳で睨んだ。


晴史「俺のもんに手出すなよ」


恐ろしいくらいの冷淡な目つきで睨まれて男性客の心臓がひゅんと縮こまる。


男性客「お前もしかしてまりなちゃんの――」


まりなの名前を出した途端、晴史の表情が一段と鋭くなった。

男性客の背中にひやりと冷や汗が伝う。

おそらくまりなの彼氏なのだろうと感じ取り、これ以上この若い男と関わらない方がいいと男性客は瞬時に判断した。


男性客(まりなちゃん彼氏いないって言ってたのに)
   (こんなヤバそうなやつと付き合ってるなんて……)


男性客の恋は粉々に砕け散る。

しょんぼりと肩を落とし、ゆっくりと立ち上がった男性客はとぼとぼと歩いてこの場から去っていった。


晴史「変な虫は追い払わないとね」


晴史はコンビニの中に視線を向ける。カウンターではまさか外でこんなトラブルが起きているとは知らないまりなが笑顔を浮かべて接客をしていた。


晴史(今度は俺が守るよ)
  (まりな先輩……)


晴史は柔らかく微笑んだ。



〇 コンビニの外(夜)

あたりはもうすっかり暗くなっている。

勤務時間を終えたまりながコンビニから出てきた。

すると、外灯の灯りの下でガードレールに浅く腰掛けている晴史の姿を見つける。晴史もまりなに気が付いて笑みを浮かべた。


晴史「お疲れさま」


まりな(どうしてここに!?)


晴史の前を通り過ぎようとすると、さっと腰を上げた晴史がまりなの後をついてくる。


晴史「送ってく」

まりな「えっ。いいよ別に」

晴史「遠慮しないで」


まりな(遠慮してるわけじゃないんだけど……)


まりな「もしかしてずっと待ってたの?」


まりなの質問に晴史は微笑むだけでなにも答えようとしない。


まりな(たぶん待ってたんだろうな……)


なんとなくそう察した。


まりな(ストーカー……)


ふとそんな単語が思い浮かび、まりなは晴史から距離を取る。

晴史がすぐにその距離を縮めてぴったりと隣にくっついた。


まりな「歩きづらいんだけど」

晴史「そう?」


まりな(もしかして家までついてくる気じゃ……)


それはやめてほしい。

学校でもしつこく絡まれてうんざりしているし、今日はバイト先まで押し掛けてきた。自宅まで知られてしまえばもっと面倒なことになるかもしれない。


晴史「ああ、そうだ」


晴史はなにかを思い出したように呟くと立ち止まる。

どうしたのだろうとまりなも足を止めると、晴史の長くてしなやかな指に顎をすくわれ、強引に上を向かせられる。

晴史が顔を傾けて、一瞬のうちにまりなの唇に自身のそれを押し当てた。


まりな「――っ」


大きく目を見開くまりな。状況が呑み込めない。

晴史はいったんまりなから唇を離すと、角度を変えて再びまりなの唇を奪う。

ハッと我に返り、まりなは晴史の体を強い力で押し返した。お互いの唇が離れる。


まりな「な、なに⁈」


真っ赤な顔で晴史を睨みつけるまりな。一方の晴史はいたずらげに口角を持ち上げた。


晴史「お礼貰っただけ」

まりな「何の⁈」

晴史「変な虫を追い払ってあげたから」

まりな「え、虫⁉」


まわりをきょろきょろ見回すまりな。けれど虫なんてどこにも飛んでいない。


晴史「ははっ。違うよ、そういうことじゃなくて」


晴史がお腹を抱えて笑い出す。


晴史「かわいいなぁ、まりな先輩」


どうして笑われているのかわからないまりなはムッとした表情を浮かべた。


まりな「ファーストキスだったのにっ!」

晴史「ホント?」


途端に晴史がうれしそうな顔を見せる。


晴史「やったね。まりな先輩のファーストキスゲット!」


許可なくキスしておいて、まったく反省していない晴史の態度にまりなの怒りが頂点に達する。


まりな「帰るっ」


晴史に背を向けた。


晴史「あ、待って。送ってくから」


そのあとを晴史がついてくる。


まりな「ひとりで帰れる」

晴史「でも夜道は危ないよ」

まりな「吉野くんと一緒の方がこわいっ!」


まりなは立ち止まって振り返ると晴史を睨む。


まりな「だからついてこないで」


くるりと背中を向けて全速力で走り出すまりな。その後ろ姿を見て晴史がププッと吹き出す。


晴史「足おっそ」


まりなにはバレないよう晴史がそのあとを追い掛けた。



〇 まりなの教室(翌日、朝)

登校してきた生徒たちで賑やかな教室。

まりなは後ろの扉から入って自分の席に腰を下ろした。

ちょうどそのタイミングで晴史が前の扉から教室に入ってくる。まるでここが自分のクラスかのような自然な登場だ。

まりなはツンとそっぽを向いた。昨日のキスに怒っているのだ。


晴史「おはよう、まりな先輩」


まりなの席で足を止めた晴史が挨拶をしてきても無視だ。


晴史「あのさ、やっぱり友達やめよう」


まりなはチラッと晴史を見た。


晴史「まりな先輩、俺と付き合ってよ」


まりな(……は?)


晴史「俺の彼女になって」


突然の告白に驚いたまりなは口をポカンと開けて、呆然とした表情で晴史を見つめた。


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