甘く奪って、離さない
3話
3話ーJust look at meー
〇 学校・まりなの教室(数日後、朝)
晴史「おはよう、まりな先輩」
まりなが登校すると教室には今日も晴史の姿がある。
晴史「今日は髪下ろしてるんだ。かわいいね」
まりな「どうも」
素っ気なく返事をしてまりなは自分の席に腰を下ろした。
前の席に座っている晴史がニコニコとした笑顔を浮かべてまりなを見ている。
まりな(私、この男のことフッたよね⁉)
〇(回想)数日前・まりなの教室
晴史「俺の彼女になって」
突然の告白に呆気に取られるまりな。ハッと我に返る。
まりな「ごめん、無理」
きっぱりと告白を断った。それなのに晴史は笑っている。
晴史「ま、いいや」
〇(回想終了)
まりな(ま、いいや。って……)
(もしかして私からかわれてる?)
ニコニコと微笑んでいる晴史をまりなは不思議な生き物でも見るかのようにじーっと見つめた。
晴史「あ、そうだ。まりな先輩、今日はバイトーー」
まりな「わぁぁぁぁぁぁぁぁ」
まりなは慌てて晴史の口を手でふさいだ。グッと顔を寄せて誰にも聞こえないように小声で話す。
まりな「ここでそれ言わないで」
それだけ伝えると晴史の口から手を離した。
晴史「ああ、そっか。うちの学校バイト禁止だもんね」
まりな「誰にも言わないでよ」
晴史がにやりと笑う。
晴史「弱点みーっけ」
〝しまった〟という顔を見せるまりな。
晴史はまりなの机に片手で頬杖をつくと、首を傾げて上目遣いで微笑む。
晴史「まりな先輩、デートしようよ。そしたら黙っててあげる」
まりな「……」
まりな(くっそー。弱み握られた)
悔しそうな顔でまりなは晴史を睨んだ。
〇 大通り(放課後)
その日の学校終わり。まりなは制服のまま軽快な足取りで街中を歩いている。
まりな(今日はバイトがないし映画観に行こう)
機嫌よく歩いているまりな。しばらくしてからピタリと足を止めて、勢いよく後ろを振り返る。
まりな「なんでついてくるの!」
そこには制服姿の晴史がいる。昇降口で待ち伏せされて、それからずっと堂々と後をつけてくるのだ。
晴史「まりな先輩バイトは?」
まりな「今日はない」
晴史「じゃあさっそくデートしよ」
まりな「ごめん、今日は予定あるから」
まりなは晴史から逃げるように全速力で走った。
〇 映画館・ロビー
走ったせいではぁはぁと荒い呼吸を繰り返しながら、ロビーのソファにぐったりと座っているまりな。
近くには晴史が立っていて、まりなを見て笑っている。
晴史「まりな先輩って足遅いよね」
まりな「うるさいっ」
晴史から逃げるため全速力で走ったけれどあっという間に追いつかれてしまった。息切れしているまりなとは違い、晴史は余裕の表情を浮かべている。
まりなの視線が映画の上映スケジュールが書かれた電光掲示板に向かう。
まりな「もうすぐ始まっちゃう」
まだチケットを買っていない。券売機に行かないといけないのに、ここまで走ってきたせいで疲れてしまい立ち上がることができない。
そんなまりなの状況を晴史が察したようだ。
晴史「どれ観たいの? 買ってくるよ」
まりなは晴史をじっと見つめる。
迷ったけれど、どうしても今日はこの映画を観たいのでお願いすることにした。晴史に映画のタイトルを教えて、財布から映画代を取り出そうとする。
晴史「了解。ちょっと待っててね」
まだ映画代を渡していないのに、晴史が券売機の方へと歩き出す。
まりな「吉野くん、お金!」
晴史「あとでもらうからいいよ」
映画代を受け取らないまま晴史は行ってしまった。
しばらくしてチケットを買い終えた晴史が戻ってくる。
晴史「どっちの席がいい?」
晴史は左手に二枚のチケットを持ち、トランプのババ抜きのときのように広げてまりなに見せた。
まりな「えっ……。もしかして吉野くんも見るの?」
晴史「映画デートだね」
晴史はちゃっかり自分のチケットも買ってきていた。
晴史「飲み物とポップコーン買ってくるから待ってて」
楽しそうに売店に向かう晴史の背中を呆然と見つめるまりな。
まりな(ひとりで観たかったのに)
まりなはがっくりと肩を落とした。
〇 映画館・劇場内
ちらほらと人の入っている劇場内の真ん中後方の座席に並んで腰を下ろすまりなと晴史。
まりながちらっと隣の席を見ると、晴史がポップコーンを食べている。
晴史「まりな先輩も食べる?」
まりな「いらない」
晴史「キャラメルポップコーン美味しいよ」
ポップコーンを掴んだ晴史の指がまりなの唇にちょんと触れる。まりなは思わずドキッとした。
どうやら口を開けろということらしい。
晴史「はい、あーん」
晴史のことだから食べるまでずっとこうしているつもりなのだろう。まりなは観念して小さく口を開けた。
晴史がまりなの口にポップコーンを入れる。それをもぐもぐと食べるまりな。キャラメル味が美味しくて、ちょっとだけ目が輝いた。
そんなまりなの些細な表情の変化を見逃さなかった晴史がにっこりと微笑む。
晴史「もっと食べる? なんかひな鳥に餌あげてるみたい」
まりな「言い方!」
餌やりに例えるなんて……。
まりなはキッと晴史を睨んだ。
すると、劇場内がゆっくり暗くなる。
晴史「あ、始まる」
まりな「そうだね」
まだ映画が始まる前なのにまりなはすっかり疲れてしまい、力なくうなずいた。
〇 映画館・劇場内
上映開始から一時間ほどが経過。
スクリーンには高校生の女の子が、片想いしている年上の幼馴染の男性に勇気を出して想いを伝えるシーンが流れている。
まりな(感動的なシーンなのに、まったく集中できない)
ちらっと隣の席を見ると、晴史がまりなの左肩に頭を預けてすやすやと眠っていた。
まりな(寝るんかい!)
心の中で突っ込まずにはいられない。寝てしまうくらい退屈な映画なら観なければよかったのに。
晴史のことはいったん忘れて、まりなは映画に集中する。
スクリーンには女の子の告白を受けて、実は自分もずっと好きだったと年上の幼馴染の男性が返事をするシーンが流れている。
両想いになったふたりの姿を、まりなは食い入るように見つめた。感動で目が少しうるうるしている。
その様子をまりなの左肩に頭を預けて寝たフリをしている晴史が片目を開けてちらっと見た。晴史の視線には気付かないまりなは映画に集中している。
晴史は寝たフリをしながら少しだけ目を開けてスクリーンを見た。
映画は幼馴染の男性の元恋人だと名乗る女性が現れ、女の子に男性とは別れるように迫るという波乱の展開を迎えている。
晴史(つまんねぇ)
ちらっとまりなを見ると、この先どうなるのだろうと息を凝らすようにじっとスクリーンを見つめている。
映画を観に来たのだから映画に集中していて当たり前なのに、晴史はまりなに相手にしてもらえないのがおもしろくない。構ってもらいたくて、いいことを思いついた。
目を閉じて寝たフリをしながら、まりなの手に触れる。五本の指を絡ませてぎゅっと握った。
まりな(な、なに⁉)
映画に集中していたのに突然手を握られて驚いたまりなの肩がピクッと跳ねた。隣を見ると晴史の目は閉じたままだ。
まりな(寝てるの?)
まりなの手を握る晴史の力が強くなる。
まりな(絶対に起きてるでしょ⁉)
まりなは小声で晴史に声を掛ける。
まりな「吉野くん、手離してよ」
けれど晴史の目は閉じたまま。
まりな(やっぱり寝てる?)
まりな「吉野くん」
寝ぼけているのだろうか。
まりなは晴史の手を振り解こうとする。けれど、寝ているはずなのに晴史の力が強くて振り解けない。
そのうち諦めて、晴史と手を繋いだまま映画を観ることにした。
〇 映画館・ロビー
上映終了後、お手洗いを済ませたまりなは洗った手をハンカチで拭きながら女子トイレから出てくる。
その顔はなんだかげっそりとしていた。
まりな(後半、まったく映画に集中できなかった)
はぁ……と重たいため息がこぼれる。
晴史のせいで映画に集中できず、後半の内容がまったく頭に入っていない。
まりな(また今度ひとりで観にこよう)
とぼとぼとロビー内を移動しながら晴史の姿を捜す。
まりな(どこ行ったんだろう)
すると、少し離れた場所のソファに座りながらスマホをいじっている晴史を見つけた。その近くには派手な身なりの年上っぽい女性がふたりいて晴史に声を掛けている。
女性1「ねぇ、きみかっこいいね」
女性2「高校生?」
女性1「私らと遊ぼうよ」
まりな(ナンパされてる⁉)
いや、女性から声を掛けているのだから逆ナン? どちらでもいいけれど、まりなは晴史たちの様子を見つめる。
晴史は女性たちから声を掛けられても、彼女たちの存在が見えていないかのように無反応だ。視線も合わせず、スマホの画面を見ている。
冷たい対応をされても、女性たちはしつこく晴史に声を掛けていた。
まりな(どうしよう)
晴史はまりなを待っているのだろう。けれど、年上女性たちから逆ナンされている晴史に近付いて声を掛ける勇気がまりなにはない。
まりな(帰っていいかな)
(別に一緒に来たわけじゃないし)
(吉野くんが勝手についてきただけだし)
まりなはそっとこの場を立ち去ろうとした。
すると、スマホに視線を落としている晴史の顔が不意に持ち上がり、その視界にまりなを捉える。
女性たちから声を掛けられても顔色ひとつ変えていなかった晴史の表情が一変して笑顔になった。
スマホをしまってから立ち上がり、一直線にまりなに向かって歩いてくる。
晴史「帰ろう、まりな先輩」
まりなの手を取って晴史は歩き出し、映画館を後にした。
〇 大通り(夕方)
映画館を出たふたりは街中を並んで歩いている。あたりはすっかり暗くなっていた。
晴史「遅くなったけど親心配してない?」
まりな「大丈夫。いつもまだ仕事中だから。吉野くんは?」
晴史「俺も大丈夫。うちの両親仕事で海外にいるから」
まりな「そうなの?」
晴史「そーそー。だから俺今ひとり暮らしみたいなものだから、まりな先輩これからうち来る?」
まりな「行かない」
途端に歩くペースを速めたまりな。そのあとを追い掛けながら晴史は口元に笑みを浮かべて「残念」と答えた。
晴史がまりなの隣に並ぶ。一緒に歩きながら、まりなは映画館を出てからずっと気になっていることがあり晴史に声を掛ける。
まりな「さっきのよかったの?」
晴史「さっきのって?」
まりな「きれいな女の人に声掛けられてたから」
晴史「ああ、あれか。……まりな先輩、俺を置いて帰ろうとしたよね」
ギクッと肩が跳ねるまりな。
まりな(気付いてたんだ)
晴史「ひどいよなぁ。助けてくれればよかったのに」
まりな「でもあの人たちきれいだったよ。吉野くんの好きなタイプでしょ」
晴史「え、なんで」
きょとんとした顔を見せる晴史。まりなは視線を逸らしてボソッと答える。
まりな「だって初めて会ったときに一緒にいた女の人もああいうタイプだったから」
晴史「ああ……」
晴史は苦笑しながらあのとき叩かれた頬をさすった。
晴史「別にタイプじゃないよ」
晴史が立ち止まる。まりなもまた足を止めた。
晴史「俺が好きなのはまりな先輩」
晴史が微笑む。その笑顔にドキッとしたまりなは思わず晴史に見惚れてしまった。
けれどすぐにハッとなり、〝違う違う〟と頭を大きく横に振りながら先ほどのときめきを追い払う。
すると晴史の視線がどこかに向かった。その先にはゲームセンターがある。
晴史の視線がまりなに戻ってきた。
晴史「まりな先輩、賭けしようよ。俺がアレを取れたら彼女になって」
晴史が指を差したのはゲームセンターの入口に置いてあるユーフォ―キャッチャー。
晴史「行くよ」
まりな「え、ちょっと待って」
まりなの手を取って歩き出す晴史。ゲームセンターの入口に置いてあるユーフォ―キャッチャーの前で足を止めた。
晴史「どれがいい?」
ユーフォ―キャッチャーには可愛らしい動物のぬいぐるみが入っている。その中のうさぎと目が合った気がした。
まりな「うさぎかな」
まりな(って、なに答えてるのよ私っ)
晴史「了解、うさぎね」
ユーフォ―キャッチャーに百円を入れて晴史が真剣な表情で操作を始める。それを見つめるまりな。
まりな(そんな簡単に取れないでしょ)
ユーフォ―キャッチャーとはそういうものだ。
それに、晴史が取ろうとしているうさぎのぬいぐるみはわりと大きいもので、それに対してアームは小さいので掴む力がだいぶ弱そうだ。
きっと取れないはず。そう思っていたけれど……。
まりな「え、嘘⁉」
晴史は器用にアームを操作してぬいぐるみ本体でなく、それについているタグの輪っかにアームの先を引っ掛けた。
うさぎのぬいぐるみが持ち上がり、移動して、落ちる。取り出し口からぬいぐるみを出した晴史が振り返り、まりなに渡した。
晴史「これで今日からまりな先輩は俺の彼女ね」
晴史から渡されたうさぎのぬいぐるみをつい受け取ってしまったまりな。
まりな「吉野くん、ユーフォ―キャッチャー得意?」
晴史「まぁね。昔兄貴に教えてもらった」
まりな(それを早く言ってよ。絶対に取れないと思ってたのに)
晴史「もう一個取る? それ取れたら今夜は俺のうちに泊まって」
まりな「却下。というか彼女になるっているのもナシ」
晴史「どうして?」
まりな「その賭けに私は同意してない」
晴史「でもうさぎのぬいぐるみがいいって答えてくれたじゃん。それって同意してくれたってことだよね」
まりな「うっ……」
言葉に詰まるまりな。
まりな「とにかく。こんな駆けで付き合ったりしないから」
まりなはうさぎのぬいぐるみを晴史に突き返して、ゲームセンターを出ていく。その後ろ姿を晴史が楽しそうに見つめていた。
晴史「長期戦になりそうだなぁ。ま、絶対に落とすけど。な、うさぴょん」
晴史はうさぎのぬいぐるみに話し掛け、大きな耳のついた頭をぽんぽんと優しく撫でた。