甘く奪って、離さない
4話
4話-Get off my back!ー
〇 学校・まりなの教室(放課後)
まりなが帰りの支度をしていると、クラスメイトの男子・矢野が声を掛けてくる。
矢野「雪村、今日って図書委員の集まりがある日だよな」
まりな「う、うん」
矢野はクラスの女子から人気のある爽やかイケメン。初めて同じクラスになったのであまり話したことがなく、まりなは緊張している。
矢野「一緒に行こう」
爽やかな笑顔を向けられて、まりなはうなずいた。
〇 学校・廊下
委員会の集まりがある教室へ向かいながら、まりなは隣を歩く矢野をちらっと見た。すぐに逸らして、またこっそりと矢野を見ると、矢野の視線もまりなに向かい目が合う。
軽く微笑まれて、ドキッとしたまりなはとっさに顔を逸らした。
まりな(矢野くん、本当は図書委員やりたくなかったよね)
〇(回想)数日前の教室
クラス委員長と副委員長を中心に委員会決めが行われている。
黒板には各委員会名の下に男子と女子の名前がひとりずつ書かれているが、図書委員はまりなの名前しか書かれていない。月に二回ほど図書当番が回ってくるのが嫌で人気のない委員会だからだ。
図書委員の男子だけが決まらず委員会決めがなかなか終わらない。
そんな状況の中、矢野がスッと手を挙げる。
矢野「俺やってもいいよ」
図書委員を引き受けた矢野の視線が同じく図書委員のまりなに向かう。
矢野「雪村、よろしくな」
爽やかな笑顔を向けられて、まりなはポッと頬を赤らめた。
〇(回想終了)
まりな(男子は部活優先したいから放課後に当番のある図書委員を嫌がってる人が多かったけど)
(矢野くんはいい人だなぁ……)
廊下を歩いていると前から歩いてきた男子生徒ふたりに矢野が声を掛けられる。
男子生徒1「矢野、部活は?」
矢野「わりぃ。これから委員会だから遅れてく」
男子生徒2「早く来いよ~」
男子生徒たちが通りすぎていく。まりなは彼らのことをちらっと振り返ってから矢野に視線を向けた。
まりな「矢野くんサッカー部だよね?」
矢野「そう」
まりな「部活行きたいよね」
苦笑しながら尋ねるまりな。
矢野「委員会終わったら行くから大丈夫」
委員会活動に行くのが嫌なそぶりは一切なく、矢野が爽やかに笑った。
やっぱりいい人だ……と、まりなは矢野に好感を持つ。
〇 学校・委員会が行われる教室
扉を開けて入室すると、すでに他の生徒たちが集まっている。机とイスがコの字型に並べられていて、まりなと矢野は自分たちのクラスの席に腰を下ろした。
まりな「……!」
三年生の向かいは二年生が座っていて、そこにいる人物を見てまりなはハッと目を見開く。
まりな(吉野くん⁉)
晴史が同じクラスの女子生徒と親しげに話をしていた。
まりな(まさか同じ図書委員だったとは……)
晴史はクラスの女子生徒と笑い合いながら会話を楽しんでいるため、まりなの存在には気付いていない。
まりな(仲良さそうだなぁ)
晴史をじーっと見つめるまりな。
まりな(そういえば吉野くんがクラスの子と話してるの初めて見たかも)
晴史と話す女子生徒の顔はうれしそうで、もしかしたら晴史のことが好きなのかもしれない。話をしながらさり気なく晴史の腕に触れたりと距離感がとても近い。
そこへ二年生の別のクラスの男女が現れて晴史に声を掛ける。彼らも交ざり、晴史を中心にしながら親しそうに会話を始めた。
まりな(吉野くんって人気者なんだ)
(そうだよね。背も高くて顔もかっこいいし、人懐こくて明るい性格だからみんな集まってくるんだろうな)
(それなのにどうして私に構ってくるんだろう)
まりなはふと数日前に晴史から言われた『俺が好きなのはまりな先輩』という言葉を思い出す。
まりな(本当に私のこと好きなのかな)
悶々と考え始めるまりな。
まりな(でも、私のどこが?)
いつもはまりなのことをしつこいくらいに構ってくるのに。今はまりなが同じ空間にいるというのにまったく気付かず、友達に囲まれて楽しそうに話している晴史のことが途端に遠い存在に思えた。
無意識に晴史を見つめてしまうまりな。するとそんな視線に気が付いたのか晴史がちらっとまりなを見た。
目が合うと、友達に向けていた笑顔とはまた違う、柔らかく微笑むような笑顔を見せた晴史がまりなに向かって手を振る。
晴史のまわりにいる友達たちもまりなに視線を向けた。
まりな(手振らなくていいから!)
注目を集めてしまい恥ずかしくなったまりなはパッと視線を逸らして俯く。
矢野「雪村?」
突然俯いてしまったまりなを見て、隣の席に座る矢野が不思議そうに声を掛けた。
矢野「どうした?」
まりな「う、ううん。なんでもない」
顔の前で両手をぶんぶんと横に振って答えるまりな。
矢野「そっか」
なんでもないと答えたまりなに矢野は笑顔を返した。
矢野「そういえば雪村、今日の宿題でーー」
矢野に話し掛けられて、まりなは彼と会話を始めた。
その様子を晴史がおもしろくなさそうな顔で見ている。クラスメイトの女子に「吉野くん?」と声を掛けられても、晴史はまりなと矢野をじっと見つめていた。
〇 学校・廊下
委員会が終わり、廊下を歩いているまりなと矢野。
矢野「二年の吉野、雪村のことずっと見てたな」
まりな「えっ。そ、そうだった?」
まりなはとっさにとぼけたけれど、晴史の視線には気付いていた。
〇(回想)委員会中
委員会の話し合いにはまったく耳を傾けていない晴史が、机に頬杖をついてまりなのことを少し不機嫌そうな顔でじっと見ている。その視線をなるべく意識しないように、まりなは図書委員長の話に集中した。
〇(回想終了)
矢野「付き合ってんだよな、吉野と」
まりな「はいっ!?」
叫びながら矢野に視線を向けるまりな。
矢野「違った?」
まりなの反応を見た矢野が首を傾げる。まりなはぶんぶんと首を大きく横に振った。
まりな「違う違う違う。付き合ってない」
矢野「そっか」
必死に否定するまりなの様子に矢野が苦笑する。
矢野「でもこの前告白されてなかった?」
教室で堂々と告白を受けたので矢野ももちろん見ていた。でもまりなの返事までは聞いていなかったのか、付き合っていると勘違いしているのだろう。
まりな「断ったのにしつこくて」
矢野「そうなの? 雪村優しいから強く断れないんだろ」
心配そうな表情を見せる矢野。
矢野「嫌ならはっきり言った方がいいって」
まりな(はっきり断ったんだけど……)
矢野「じゃあ俺部活あるから先に行くな。明日の当番よろしく」
爽やかな笑顔を向けながらまりなに手を振って走っていく矢野。
まりな「部活頑張ってね」
まりなも手を振り返して、矢野の背中を見送った。
そんなふたりのやり取りを廊下の曲がり角――まりなたちからは見えない場所でこっそりと聞いていた晴史。
能面のような無表情で、腕組みをしながら壁に寄りかかって立っている。
表情には出ていないが、まりなと一緒に歩きながら親しそうに話していた矢野に対して晴史は敵対心を抱いている。とても不機嫌だ。
〇 学校・図書室(翌日、放課後)
カウンターで図書当番の仕事をしているまりなと矢野。
まりな「矢野くん。あまり人来てないし私ひとりで大丈夫だから部活に行ってもいいよ」
シンと静かな図書室には校庭で部活動に励む生徒たちの声が届いてくる。図書当番があるためサッカー部の練習に遅れて参加する矢野を気遣って、まりなはそう声を掛けた。
けれど矢野は首を横に振る。
矢野「これ終わってから行くよ。俺も図書委員だからさ」
爽やかに笑った矢野は委員会の仕事をテキパキとこなしていく。
まりな(一年と二年のときにペアだった男子は全部私に押し付けて部活に行っちゃったのに)
(矢野くん、やっぱりいい人……)
三年連続で図書委員のまりな。放課後の図書当番を一緒にやってくれる男子は矢野が初めてでますます好感を持った。
まりな「この本戻してくるね」
矢野「おう、よろしく」
まりなはカウンターを出て書棚に向かう。
閲覧席には本を読んでいる生徒や、宿題をしている生徒もいれば寝ている生徒もいる。
目的の書棚に来たまりなは本を戻そうとしたけれど、自分の背よりも高い場所に戻さなければならないので背伸びをして手を伸ばした。
まりな(届かない~)
あと少しなのに届かない。
さらに手を伸ばして必死に本を戻そうとしていると、隣から不意に伸びてきた手がまりなの持っている本を取った。
背の高い人のようで軽く手を伸ばしただけで書棚の高い位置に本を戻してしまう。
まりなでは届きそうにないのを見て、近くにいた親切な誰かが助けてくれたのかもしれない。
まりな「ありが――」
お礼を言いながら振り返ると、そこにいたのは晴史だった。
まりな(吉野くん⁉)
晴史「そういえば今日まりな先輩図書当番だったなぁって思い出して」
それで図書室に来たのだろうか。
まりな「本戻してくれてありがとう」
お礼だけはきちんと告げて、まりなは晴史のもとを去ろうとする。
書棚に戻す本を五冊ほど両手に抱えながら歩き出すと、まりなの進路を塞ぐように晴史が目の前に立ちはだかった。
まりなを囲うように書棚に両手をついた晴史がじっと見下ろしてくる。
いつもの飄々とした笑顔ではなくて無表情がこわい。理由はわからないけれど、怒っているようにも見える。
晴史「まりな先輩、あの男と仲良しなの?」
まりな「あの男?」
晴史「同じクラスの図書委員のやつ」
まりな「矢野くんのこと?」
好感は持っているけれど、仲良しというわけではない。クラスが同じで、委員会も同じという関係だけだ。
どうして晴史はそんなことを聞くのだろう。
晴史「俺以外の男と仲良くしないでよ」
晴史がまりなの顎を人差し指でクイッと持ち上げて、顔を近付けてくる。
まりな(こ、この状況は……)
ふと思い出すのは数日前のバイト終わりに、晴史からキスをされたときのこと。
晴史「みんなが静かに本を読んでいる図書室で、隠れてこっそりキスするのって背徳感あってドキドキすると思わない?」
二度も唇を奪われてたまるか。晴史の体を押し返したいけれど、今のまりなは本を持っているため両手の自由が奪われていて抵抗できない。
まりな「やめてよ、吉野くん」
ふたりの姿は背の高い書棚に隠れているため閲覧席からは見えない。小声で話しているため誰もふたりの様子には気付いていないけれど、シンと静かな空間なので少しでも大きな音をたてたら気付かれてしまうかもしれない。
まりなは晴史を睨むように見つめた。
晴史「そんな顔しても逆効果だよ、まりな先輩。余計にキスしたくなる」
晴史がまりなの唇を塞ぐ。強引に舌を入れようとした瞬間、どこからかガタッと音が聞こえた。
晴史はゆっくりとまりなから唇を離し、音がした方に視線を向ける。そこには矢野の姿があった。
矢野「あ、えっと……」
矢野はふたりのキスを見てしまったようで、明らかに動揺していた。
矢野「わりぃ」
そう言って立ち去った。
晴史が勝ち誇ったような表情で、満足げに口角を上げる。
一方のまりなは顔面蒼白だ。
まりな(み、見られた。矢野くんに……)
まさかクラスメイトにキスを見られるとは。
まりなは晴史を睨みつけた。
まりな「吉野くんっ!」
晴史「まりな先輩、ここ図書室だよ」
怒って思わず大きな声を出してしまったまりなに、晴史は人差し指を口の前に立てて〝シーッ〟の仕草をした。
からかうような晴史の言動にさらに怒りが込み上げるまりな。これまでのことも含めてとうとう不満が爆発した。
まりな「いい加減にしてよ」
怒ってはいるがここが図書室だというのは理解しているので声は小さい。
まりな「吉野くんなんて嫌い。大嫌い。もう二度と話し掛けないで」
まりなは晴史に絶交宣言をすると、この場から立ち去った。