甘く奪って、離さない

5話


5話-I'm crazy for youー


〇 ハンバーガーショップ(数日後、放課後)

テーブルにはポテトとドリンク。それから教科書とノートを広げて、まりなと梨央がテスト勉強をしている。


梨央「マジでテストやだ~」


梨央がテーブルに項垂れた。

三年に進級してから初めての中間テストが来月に迫っているのだ。

そこへ同じ高校の制服を着た女子生徒が三人ほど入店してくる。彼女たちはまりなと梨央に気付いてコソコソと話し始めた。あきらかに悪意のある視線を向けている。


梨央「あれ五組の子たちだ。感じ悪っ」

まりな「ごめんね。たぶん私のせいだよね」


しょんぼりを肩を落とすまりな。


梨央「気にすることないよ。人の噂も四十九日って言うし」

まりな「ありがとう。でも、それを言うなら七十五日」

梨央「あ、そうだっけ」


てへへと笑って見せる梨央にまりなもまた笑顔を見せるが、やはりどこかしょんぼりとしている。


まりな(またか……)


〇(回想)今朝の学校の昇降口

まりなが下駄箱で上履きに履き替えていると、近くにいる女子生徒たちのひそひそとした話し声が耳に届いた。


女子生徒1「ねぇ、あの子だよね。吉野くんの彼女って」

女子生徒2「あんな子のどこがいいのかなぁ、吉野くん」


まりなを見下すように笑いながら彼女たちが立ち去っていく。

それから教室に向かうため廊下を進むけれど、その途中でも同じような話し声が何度も聞こえてきた。

〇(回想終了)


ノートを広げて一生懸命勉強している梨央。


梨央「あー、私マジでバカだ。テストヤバいかも」


どうやら先ほど七十五日と四十九日を間違てしまったことを引きずっているらしい。梨央は必死にテスト勉強に取り組んでいる。

一方のまりなはシャーペンを持つ手を止めて落ち込んでいた。


まりな(ぜんぶ吉野くんのせいだ)


〇 (回想)数日前の図書室

矢野に晴史とのキスを目撃されたあと急いでカウンターに向かったまりな。


まりな「矢野くん。さっきのは違うの」

矢野「雪村、図書室でああいうことするのはよくないと思う」


苦笑する矢野。


矢野「それにやっぱり吉野と付き合ってたんだ」

まりな「違う。本当にそうじゃなくて――」


それからまりなは矢野に晴史と付き合っていないと説明。キスは無理やりされたもので誰にも言わないでほしいとお願いした。

矢野がうなずいてくれたので、まりなと晴史のキスを知る人は誰もいないはずだった。けれど、別の女子生徒に目撃されていたのだ。

〇(回想終了)


まりな(まさか他にも見ていた子がいたなんて……)


その女子生徒が友達に話して、その友達がまた別の友達に話して、別の友達がまた誰かに話して――そんな風に現在、校内ではまりなと晴史が付き合っているという噂が広まっている。


まりな(噂がここまで大きく広まるとは思わなかった)
   (吉野くん、有名人すぎるよ)


おそらく普通の生徒ならばここまで広まらなかったはず。女子人気が高い晴史だからこそここまで大きく話題になってしまったのだ。

まりなは、はぁ……とため息をこぼした。


梨央「ねぇ、まりなちゃん。本当に吉野くんと付き合ってないんだよね」


梨央に尋ねられて、まりなはうんうんと大きくうなずく。


まりな「ない! 絶対に付き合ってない」

梨央「でもキスしたっていうのは本当なんだよね」

まりな「それは、その……うん」


そこだけは事実なので小さくうなずいた。


まりな「でも付き合ってはない。前にも話したけど、吉野くんが一方的にしたきたの。私のことからかって反応を楽しんでるだけだよ」

梨央「そっか」


梨央が微笑む。


梨央「まりなちゃんは吉野くんのことなんとも思ってないんだよね」

まりな「うん、思ってない」

梨央「本当に? その言葉信じていい?」

まりな「う、うん」


やけにしつこく晴史との関係を尋ねてくる梨央を不思議に思うまりな。


まりな(梨央ちゃん。どうしてそんなに何度も聞いてくるんだろう)


梨央「そっか。それならよかった」


梨央はホッと胸を撫で下ろすような表情を見せる。


まりな(私のこと心配してくれてるんだよね)


以前、梨央からは悪い噂のある晴史とは関わらない方がいいと言われている。

晴史との関係をしつこく尋ねられて不思議に思ったが、まりなが晴史と付き合っていないのだと知って梨央は安心しているのだろうとまりなは思った。


梨央「ねぇ、まりなちゃん。ここ教えて」


梨央が数式を教えてほしいと頼んできた。


まりな「うん。見せて」


まりなは梨央のノートを覗き込んだ。



〇 路地(夕方)

梨央と別れて帰宅の途につくまりな。

晴史と出会った公園の横を通り過ぎようとして、ふと足が止まった。

晴史のことを思い出したのだ。


まりな(吉野くんどうしてるかな)


毎日のようにまりなの教室に来たていた晴史がここ数日姿を見せない。


まりな(最後に会ったのは……)


図書室でキスをされたときを思い出す。


まりな(私が〝二度と話し掛けないで〟なんて言ったから会いに来ないのかな)
   (〝大嫌い〟は言い過ぎたかも)


晴史に冷たい言葉を言ってしまったことを気にするまりな。


まりな(吉野くんのこと傷つけちゃったかな)


そこまで考えて頭を大きく横に振る。


まりな(違う違う。これでいいんだって)
   (勝手にキスしてきたり、好きとか言ってからかってくるような人にはあれくらいガツンと言わないと)


晴史のことを考えるのはやめて再び歩き出そうとした。けれど、公園の方から声が聞こえた気がして視線を戻す。

公園内の隅の方で、ひとりの男性(まりなの位置からだと背中を向けているので顔が見えない)を男子高校生数人が取り囲んで揉めている。

まりなの高校の制服とは別の高校の制服をだらしなく着崩し、髪を派手に染め、耳にピアスをつけた、あきらかに不良と呼べる男子高校生たちだ。


まりな(あの人大丈夫かな)


男子高校生たちに取り囲まれている男性を心配して見ていると、男子高校生のうちのひとりが怒気を含んだ声をあげた。


男子高校生1「てめぇ調子に乗ってんなよ、吉野」


まりな(吉野⁉)


晴史の名字が聞こえてまりなはぎょっとした顔になる。

どうやら男子高校生たちに取り囲まれているのは晴史のようで、目を凝らしてよく見ると確かに背恰好や髪型が晴史だ。


まりな(吉野くん今度は何したの?)
   (相手めちゃくちゃヤバそうな人たちだよ)


ふと思い出したのは以前もこの公園で晴史が女性と揉めて頬を叩かれていたときのこと。同じ場所でまたなにかトラブっているのだろうか。

ハラハラしながら見つめるまりな。

一方の晴史は私服のズボンに両手を突っ込んで随分と余裕な態度だ。それにイラっとしたのか、男子高校生のひとりが晴史の胸倉を掴んだ。


まりな(えー! 吉野くんまたピンチ!)


男子高校生1「お前、俺の彼女横取りしたよな」

晴史「なんのこと?」


胸倉を掴まれて今の晴史はどう見てもピンチなのに、その態度はやはりいつも通り飄々としている。

別の男子高校生が晴史に詰め寄った。


男子高校生2「とぼけんな。こいつの彼女がお前に惚れたから別れたいって言ってんだぞ」

晴史「それはその彼女が勝手に俺に惚れただけでしょ」

男子高校生1「お前がたぶらかしたんだろ」

晴史「は?」


晴史が胸倉を掴んでいる男のことを冷めた目で見下ろす。


晴史「言いがかりつけんな。あんたが勝手にフラれて捨てられただけだろ」

男子高校生1「なっ……」

晴史「悪いけど、あんたの彼女のことなんて俺知らないから」

男子高校生1「こいつ」


男子高校生の目つきが鋭くなり、晴史の胸倉を掴んでいる手とは逆の手を大きく振り上げた。もしかしたら晴史を殴るつもりなのかもしれない。


まりな(えっ、それはヤバイって!)


まりなの体がとっさに動き、晴史たちの方へと駆け出した。

そして晴史の胸倉を掴みながら今にも殴りかかろうとしている男子高校生に向かって通学バッグを思い切り投げる。

見事に命中。まりなの通学バッグが体に当たった男子高校生は「うっ……」とうめき声をあげてうずくまった。


まりな「ぼ、暴力反対!」


まりなは大きな声で叫んだ。晴史のまわりにいる男子高校生たちの視線が一斉にまりなへと向かう。晴史もまた突然のまりなの登場にきょとんとした顔を浮かべていた。

一方のまりなは今の自分の置かれている状況に気が付いてサーっと青ざめる。


まりな(どうしよう。めっちゃ睨まれてるんだけど)


平静を装ってはいるが内心ではだいぶビビっている。膝も震えてきた。


男子高校生1「てめぇふざけんな」


まりなの通学バッグが体に当たった男子高校生が立ち上がる。大股で歩いてくると、まりなの肩を押して勢いよく突き飛ばした。


まりな「痛っ」


尻餅をついたまりなのもとに男子高校生たちが集まってくる。


男子高校生1「お前誰? 吉野の女?」

男子高校生2「彼氏のピンチでも助けに来たの? でも残念。お前もこれから俺たちに遊ばれちゃいまーす」


男子高校生たちに取り囲まれて顔面蒼白のまりな。


まりな(ヤバイヤバイヤバイ。マジでヤバイ)


男子高校生のひとりがまりなに向かって手を伸ばしてくる。このままでは襲われてしまう。絶体絶命のピンチにまりなは怖くてぎゅっと強く目を瞑った。

そのとき――。


晴史「まりな先輩には手出すな」


晴史の声が聞こえて、まりなはゆっくりと目を開ける。

まりなを襲おうとしていた男子高校生の後ろにはいつの間にか晴史が立っていて、男子高校生の背後から首に腕を回し、二の腕を喉に圧迫させて絞めている。

その表情は恐ろしいくらいに冷酷だ。


男子高校生1「く、苦しい。おい、離せって」


男子高校生は抵抗するが背後から晴史に拘束されているので動けない。

仲間の男子高校生たちも晴史が放つ氷のように冷たいオーラに圧倒されているのか、その場で固まって見ているだけだ。

晴史は背後から男子高校生の首に回している腕の力をさらに強めて喉を圧迫させる。男子高校生が苦しそうな顔を見せた。このままでは意識を飛ばしてしまいそうだ。

今の晴史は怒りで我を忘れているのかもしれない。まりなはとっさに声をあげた。


まりな「吉野くん離してあげて。その人苦しそうだよ」


その声でようやく我に返った晴史がハッとした表情を見せる。恐ろしいくらいに冷めた表情が少しだけ柔らかくなった。


晴史「まりな先輩がそう言うなら」


晴史が男子高校生の首に巻き付けていた腕をパッと離した。

よどほ苦しかったのか男子高校生は咳込みながら膝を付く。それを見下ろす晴史。

男子高校生は立ち上がると、慌てたように晴史から距離を取った。


男子高校生1「か、帰るぞ」


仲間に向かってそう言うと男子高校生は逃げるようにこの場を去っていく。そのあとを追い掛けるように仲間の高校生たちも走って逃げていった。

その背中を見送る晴史。男子高校生たちの姿が見えなくなると、尻餅をついたままのまりなに視線を戻す。


晴史「まりな先輩大丈夫?」


まりなに向かって手を差し出す晴史。その表情や態度には先ほどまでの冷酷さはなく、普段通りの晴史だ。

まりなは晴史の手を取った。ぐいっと引っ張られて、晴史が立ち上がるのを手伝ってくれる。


まりな「ありがと」

晴史「お礼を言うのは俺の方」


晴史はそう言うと、まりなの制服のスカートについている砂を手で払う。


晴史「どうして俺を助けてくれたの?」

まりな「どうしてだろう。体が勝手に……」


晴史のピンチを見てとっさに体が動いていたのだ。

まりなのスカートについていた砂を手で払っていた晴史がフッと声を上げて笑い出す。


晴史「ホント変わってないよね、そういうとこ」

まりな「?」


晴史がまりなに背を向けて歩き出す。投げ飛ばしたまま地面に落ちているまりなの通学バッグを拾いに行くようだ。


まりな(どういう意味?)


晴史の背中を見つめながら、先ほどの彼の言葉について考える。

晴史が通学バッグを持って戻ってきた。それをまりなに手渡す。


晴史「はい、これ」

まりな「ありがと」

晴史「俺の方こそありがと。助けてくれて」

まりな「助けになってた? 逆に私が助けられたような……」


苦笑するまりな。


まりな(吉野くんだけであの人たちを倒せた気がする)


そう思うくらい、男子高校生の背後から首に腕を巻き付けて絞めているときの晴史は恐ろしかった。


まりな「吉野くんさっきの人の彼女取ったの?」

晴史「取ってない」

まりな「そっか」

晴史「俺、もう女の子とは遊んでないよ。そういうの全部やめたから」


まりな(これまでは遊んでたんだね、吉野くん)


その言い方だとそういうことになる。でも、もうやめたらしい。


晴史「あー、まりな先輩に会いたかった」


突然表情を崩してにっこりと笑った晴史がまりなに抱き着いてきた。


晴史「しばらく会えなくて俺どうにかなりそうだった」


まりなを抱き締める晴史の腕の力が強くなる。抱き締めるというよりもまりなに抱き着いてくる大きな子供のようだ。


晴史「家の用事で学校休んでたんだよね」

まりな「そうなの?」

晴史「そうそう。親の手伝いさせられてた」


まりな(吉野くんの親って仕事で海外にいるって言ってたよね)
   (帰国してるのかな)


どうやら晴史がしばらくまりなの教室に来なかったのは学校を欠席していたかららしい。


まりな(ということは私のせいじゃなかったんだ)


〝二度と話し掛けないで〟や〝大嫌い〟というまりなの言動が晴史を傷つけて、それで会いに来なくなったと思っていた。でもそうではなかった。まりなはホッと胸を撫で下ろす。


まりな(そうだよね。吉野くんがそれくらいのことで傷つくはずないよね)


晴史と出会ってまだ一ヶ月ほどだがなんとなく彼のことがわかってきた。

まりなに告白をしてばっさりと振られたにもかかわらずしつこく声を掛けてくるような強靭なハートを持つ男だ。ちょっとやそっとのことでは傷つかないのだろう。


晴史「もしかしてまりな先輩も俺に会えなくて寂しかった?」

まりな「違います」

晴史「そっか、寂しかったんだ」

まりな「人の話聞いてる? というか離してよ」


抱き締めたままの晴史の体を引き離そうとするまりな。けれどなかなか引き離せない。


晴史「明日からようやく学校に行けるから会いに行くからね、まりな先輩」

まりな「来なくていい!」


晴史がさらにぎゅっとまりなのことを抱き締める。

まりなは迷ったけれど、やはり図書室での自分の言動を晴史に謝ろうと思った。


まりな「吉野くん、この前はごめん。言い過ぎた」


キスをされたことはもちろん怒っている。でも、だからといって少し言い過ぎてしまったかもしれない。


まりな「嫌いとまでは思ってないから」


小声でぼそっと告げる。


晴史「じゃあ好き? 俺のこと」


まりなの体を離した晴史が高い背を屈めて顔を覗き込んでくる。まりなはプイっと目を逸らした。


まりな「嫌いでもないし好きでもない」

晴史「えー、どっちかにしてよ」

まりな「じゃあ嫌い」

晴史「俺は好き」


晴史が再びまりなをぎゅっと抱き締める。


晴史「まりな先輩に好きって言ってもらえるまで俺頑張るから」

まりな「……頑張らなくていいよ」


ストレートに想いを告げてくる晴史にまりなはどうしていいかわからない。頬を赤らめながらも、素っ気ない返事をしてしまった。


そんなふたりの様子を少し離れた場所からまりなと同じ制服を着た女子生徒が睨むように見ている。

悔しそうに唇を噛みしめている女子生徒はまりなの友達の梨央だ。


梨央「ホント、ムカつく」


ボソッと告げると、仲が良さそうなまりなと晴史から視線を逸らした梨央はこの場を去っていった。


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