ベッドの上であたためて
一瞬誰なのかわからなかった。
白いTシャツにベージュのテーパードパンツ。
髪が風で浮いてきりっとした眉があらわになる。

「なんだよ、やっぱり待ち合わせなのかよ」

2人が舌打ちをして去って行き、彼はベンチの私の前にしゃがむ。

「ナナさん」
「柳瀬さん…びっくりした。お店にいるときと雰囲気が違うから」
「のんきなこと言わないでください。2人相手はさすがに危ないでしょ」

私よりも低い位置から、窘める瞳が見上げる。
肩から下げられた大きなバッグに視線を向けると、彼がそれに気づいたようだ。

「ここ、大学の最寄り駅なんです。夏休みだけど、自主ゼミ…用事があって学校に行くところで」
「あ、病院のそばにある大学?」
「そう。病院に行ってたんですか?」
「母のお見舞いで」
「…お母さん、具合が悪いんですか?」
「…いえ、元気でした。私の心配なんて要らなかった。必要なのはお金だけだったみたい」

心がささくれ立って、余計な言葉が漏れる。
柳瀬さんには全く関係のないことなのに、こんなことを言われたって反応に困るだろう。
自分が嫌になって、スカートの膝をぎゅっと握った。

客のプライバシーに踏み込んではいけないと思ったのか、単純に面倒くさいと思ったのか、柳瀬さんはそれ以上聞かず、そっか、と呟いた。

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