もう、オレのものだから〜質実剛健な警察官は、彼女を手放さない〜
5、とっくに落ちていたside犬飼

『ーー……行かないで……ーー』


眠っているのに涙を流しながら必死に手を伸ばす彼女のその姿を見た時、オレの心臓は素手で掴まれたかのようにきゅ、と痛んだ。

あの男に、フラられた時の夢でも見ているんだろうか。

一年半も付き合ったという、好きだった男との唐突な別れ。

どれだけ酒を飲んで管を巻いて吐き出しても、そう簡単に忘れることは出来ないだろう。

例えそれが、どんなにひどい男だったのだとしても。


ーー二股を掛けられて捨てられたという葉菜先生を拾ったのは、つい昨日のこと。

彼との思い出があり過ぎる家には帰りたくないと、寒空の下まるで駄々を捏ねる子供のように公園のベンチから離れない彼女を、オレは家に誘った。


"職業柄このままここに放っておくことが出来ないから"?


違う。そんな真っ当な理由なんかじゃない。

自分は安全、安心の象徴だと。

絶対に手を出すことはしないからと、警察官という職業を笠に着てそう誘ったのは、ただ彼女のことが好きだったから。

だからこそ、まるで捨て猫のように震えて傷ついて弱っている彼女を、放っておけなかった。

そんな男との記憶、オレが上書きしてやる。

そう言って抱きしめたい気持ちをグッと堪えた。

所詮、彼女にとってオレは、ただの交番のお巡りさんに過ぎない。

今はまだ、それを言う時じゃない。

今はただ、彼女の気持ちが少しでも軽くなるように寄り添いたい。

だから、君にとってこんな人生最悪の日にオレが側にいることを、どうか許して欲しい。


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