オムライスは甘口で


「マヒロ、トマト缶の在庫どれくらい?」
「二ケースと三缶。パスタが一箱切ってるから頼んどいて」
「はいはい」

 オムライスを完食し、セットのキャベツのコンソメスープを飲みながら美雨は厨房での会話に聞き耳を立てていた。
 軽快なやりとりは聞いていて心地よい。

(あの人、『マヒロ』さんっていうんだ……)

 通い始めて二ヶ月目にしてようやく彼の名前が判明して嬉しくなる。美雨が彼について知っていることといえば、口が悪いってことと彼が作ったオムライスが絶品だということくらい。
 SNSでいくらでも個人情報が手に入る時代で、なんという亀のあゆみ。

「すみません。そろそろ閉店の時間なので先にお会計いいですか?」
「あ、はい」

 美雨は伝票を受け取ると、レジカウンターの前でお会計を済ませた。
 よりどり亭は十時がラストオーダーで、十時四十五分が閉店時刻だ。残業終わりでラストオーダーの十分前に滑り込むようにやってきた美雨は最後の客だ。

「ごちそうさまでした。最後まで居座っちゃってすみません」
「いいえ、いつもありがとうございます」

 美雨はお会計を済ませると店から出た。
 月のない夜空には星がよく見えた。
 お腹いっぱいで明日は仕事も休み。美雨はつい鼻歌を歌い出した。今日はひとつ進展があったおかげで、気持ちがウキウキと弾んでいた。

(『真尋』さん?それとも『眞広』さんかな?)

 頭の中で彼の名前を予想する。直接聞けばすぐわかるのに、そんな勇気はまだ持てない。
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