無口な彼の素顔〜職人技に隠された秘密〜

距離が縮まる

　現場はすこぶる順調で、日程にも余裕がある。

　ある日、優が最上階のエレベーターの前の玄関で作業している時だった。

　エレベーターが到着し、誰かが降りて来た。ピンヒールの足元が見えた。こともあろうに、そのまま中に入って行こうとしている。もちろん床は、傷や汚れを防ぐために保護されているが、基本的に大工達は外とは別の靴を用意して履き替えている。

「あの」
「なに？」

　思わず引き留めた優に、汚いものでも見るような目線を向けてくるピンヒールの女性。ピシッとしたスーツ姿でプライドが高そうだ。

「どういった御用でしょうか？その靴で入られては困ります」
「あなた何様(なにさま)？私は、大橋専務に大事な書類を確認してもらいに来たの」
「でしたら、呼んできますのでここでお待ちいただけませんか？」
「偉そうに。自分で行くわ」
「ではせめてスリッパに履き替えて下さい」