私の隣の席は塩対応な相澤くん。

私の隣の席は塩対応な相澤くん。「イケメンな彼とまさかの日帰りスキー旅行でドキドキ♡後編」

パパの提案で日帰り春スキー旅行に行くことになった私たち一家と、うちの本屋さんでバイトをしてくれてるクラスメートの相澤《あいざわ》くん。

 うちからスキー場までは遠いので、車で夜に出発して朝にスキー場に到着する予定なの。
 向かう途中のサービスエリアで休憩となって、ちょこっと相澤くんと私は二人で駐車場近くの公園を散策することに……。


 相澤くんと私は、荘厳でとても綺麗な満開の桜の大樹を眺めてた。
 私は桜の花がはらはらと散る姿にうっとりとして、ロマンチックな気分になってたんだ。

「咲希。……お前」
「なに? 相澤くん」
「お前さ、誰か好きな奴いんの?」
「ふえっ……!?」

 突然相澤くんにこんなびっくりな質問をぶつけられてドキンッ!
 ドギマギしちゃってます……。

    🌸

 私の胸はドキドキが止まらない。
 どうして? 相澤くんはどうしてそんなこと聞くの?

「咲希。……ねえ、――答えを教えて?」

 分かんない、相澤くんが。
 また、私をからかってるのかな。

 だけど真っ直ぐな瞳は、とても真剣で私を射抜くように見つめてる。
 私はどう答えたらいいの?
 ……気になるのは相澤くん……だ。
 でも、正直言うと私、相澤くんを好きかどうかは、はっきり分からないの。
 はっきりさせたくない。
 だって、相澤くんにそう伝えて、お前に意識されたらキツイとか迷惑に思われて距離を取られたら悲しいから。
 あんまり好きになったらいけないんだって、ブレーキがかかる。

「私? 私……、私の好きな人?」
「ああ、お前の好きな奴。……いるの?」
「なんでそんなこと聞くの? また私をからかってるの?」
「違う。からかってなんかいねえよ」

 相澤くんがじーっと私を見つめてくるので、私は恥ずかしくてその場を逃げ出したくなった。
 相澤くんの背後で桜の大樹が風に揺れて、花びらが舞って次から次へと散っている。

「じゃ、じゃあさ、相澤くんがなんで女子にそんなに塩対応なのか教えてくれたら、私も教える!」

 私は相澤くんの質問に質問で返しちゃった。

 相澤くんと一緒にいると楽しい。
 素っ気ない塩対応でこられるとちょびっとショックだけど。
 相澤くんは優しいのを知ってる。不器用なだけ、って思ってる。
 もし会えなくなったら……、そばにいられなくなったら……私、きっと寂しい。
 これって、私が相澤くんのこと、特別って思ってるから?

 相澤くんから目を離せない。
 こんな風に相澤くんに真剣な顔されて、見つめ合うと起きるこの胸の高鳴りやちっともおさまらないドキドキ……。
 これってやっぱり私……、相澤くんのこと……?

「分かった。理由教えたら、咲希も答えてくれるんだな?」
「……うん」
「絶対だぞ?」
「うん」

 相澤くんは意を決したように、深呼吸した。

「俺、物心ついたころから、よくいじめられてた」
「えっ――?」
「前に親父とお前ん家の本屋に前から来てたって話したよな? ……俺と会ったの咲希は覚えてないんだよな?」
「うん、聞いたけど。……ごめん、相澤くんのこと覚えてない」

 いつのことだろう。
 よく来てくれていたら、覚えていそうなのに。
 ずっと昔のことなのかな?

「俺、女顔だからかいじられてて、幼稚園でも小学校に上がってもよくいじめられてた。特に女子でしつこくすげえ意地悪してくる奴がいたんだ。俺、泣き虫で弱かったから反論も抵抗もできなかったんだよな」
「相澤くんが……?」

 今ではこんなにメンタルが強そうな相澤くんが、いじめられてただなんて信じられない。

「で、小学生のある日。逃げ込んだんだよ、お前ん家の本屋に」
「うちに? 相澤くんが?」
「そしたら箒を持ってお前が……咲希が、俺のこといじめて追いかけてきた奴らを撃退してくれたんだ」
「私が……?」
「『本にごようのない人はおかえりくださいっ! 意地悪な子も来ちゃだめー!』ってさ」
「ええっ! でもあれは……」

 ああ、そんなことあった。
 でも、……あれ?

「そういや、うちに本を買いによく来てたカエデちゃんって女の子を小学生の頃に助けたような気がするけど……、相澤くんのことも助けたのかなあ?」
「ぬあっ! あ・の・な・あ!」

 相澤くんの顔がぐっと近づく。
 私はそんなに近寄られると恥ずかしくて、一歩後退りをする。
 相澤くんは切なそうな顔をしてる。

「咲希、逃げんな。……俺がそのカエデなんだよ。俺の名前は楓なんだけど? お前とよくお喋りしてたカエデちゃんは俺だよ! まったく……。お前、俺が相澤楓《あいざわかえで》だって、お前俺の名前知らなかったのか?」
「えっ――? そういや相澤くんってカエデって名前だったね。……ハハハ、ごめん。あのカエデちゃんと同一人物だなんてちっとも気づかなかった〜」
「やっぱなあ、気づいてなかったんだな」

 だってだって相澤くん、今は私より身長高いし、今かっこいい系だし。
 可愛い女の子のお友達のカエデちゃんと一致するわけないじゃん。

「あのあとすぐに母さんが病気で死んで、父さんと遠くのばあちゃんの家に行ったんだよ」
「そうだったんだ。……大変だったね。……ごめんね、相澤くんにつらいこと思い出させちゃってるよね」
「もう、大丈夫だよ。ずいぶん時が経ったから、けっこう平気だ。俺さ、高校に通うならこっちの学校に通いたいってずっと思っててさ。父さんに頼み込んで受験した。遠距離通学でも一人暮らしでもしてでも良いから、……お前にまた会いたかった。どうしても会って伝えたいことがあったから。望み薄でもさ、もしかしたら同じ学校に通えるかもって……、本屋が神楽書店がまだ商店街にあれば会えると思った」
「私と会うためだけに?」
「そうだよ。……俺は咲希にお礼が言いたかった」

 私は泣きそうだった。
 相澤くんって、お礼を伝えたい気持ちを一途に持っていてくれたんだ。
 胸が熱くなる。喉がツンと痛くなって、私、ちょっと泣きそう。

「お礼なんて……いいよ」
「咲希、お前は俺の恩人だ。それに、咲希は俺に『みんなを好きになってみんなに好かれようと無理しないでいい』って言ってくれたから。意地悪してくる子にまで良い子でいる必要ないってさ。その言葉が胸に響いたんだ。だから、俺は変われたんだ」

 待って待って、それって、相澤くんが女子全般、女の子相手に塩対応になっちゃったのって私のせい? 
 色々いっぺんに言われて私は頭がくらくらした。
 こ、これは情報過多で、私の頭も心も処理しきれないよ〜!

 私ずっとカエデちゃんって、すっごい可愛い子だったからてっきり女の子だと思ってた。

「で、でもごめん。まだよく知らないうちに塩対応で拒絶しちゃったら、仲良くなれるものもなれないかも。それじゃあ相澤くんが女子に無愛想になったのって私のせいだよね」

 相澤くんはムッとした顔をする。
 急にぐいっと手首を引っ張られて、私は相澤くんの腕にすっぽりと包まれてた。

「誰でも彼にでも愛想ふりまいたり、顔色伺って自分を押し殺して相手に合わせるのをもう止めただけだ。媚びへつらっていじめてくる奴の言うがままになるのをやめて、自分が自分でいられるようになったのは咲希のおかげなんだよ!」
「相澤くん……。ごめんね、辛かったんだよね。もっとお話、聞いてあげられてたら」
「充分だ。充分、俺救われたから。だからお礼が言いたかった……。ありがとう、咲希」
「ううん、ごめん。私、私……」

 私はいつの間にか泣いてしまって、相澤くんの胸のなかでぐすんぐすん言ってる。嗚咽が止まらなくって、言いたいことが言えない。
 私、そんなことがあったのに、相澤くんが塩対応で無愛想なこと、さんざん、指摘しちゃってた。

「俺はお前に助けられた。あのままだったら、心が壊れてたかもしんない」
「そんな立派なものじゃないよ。ただ、思ったまま言っちゃっただけだから」
「……とにかく。強くいようって気持ちを持てるのは咲希のおかげ。それに俺、余計ないざこざも嫌だし、お前が面倒なことに巻き込まれるのも耐えられねえから。女子とは必要以上に仲良くしない。……お前以外はな」

 お、お前以外はな――って!?
 私とは相澤くんは仲良くしたいってこと?

 そう考えただけで、カアーッと顔が熱くなったけど、良かった、今は相澤くんの胸にうずもれているので彼に表情を見られちゃわないですむよね。
 恥ずかしいから、こんなに真っ赤な顔を見られたくないもん。

「これで俺が女子に素っ気ないのが分かっただろ? ……次はお前の番だぞ?」
「え、えーっと……。言わなきゃいけない?」
「約束したじゃねえか。約束っていうか取引か? ずるいぞ、俺にだけ小っ恥ずかしい思い出言わせるとか」

 相澤くんは私を抱きしめたまま、深く息をついた。
 私に相澤くんの胸の鼓動が聴こえる。とくとくとくと早い心臓の音。
 ぎゅっと抱きしめられて、ちっともイヤじゃないから、このままでずっといたい……なんて思ってしまう。

「あったかいね」
「んっ? ああ、こうしてるとあったかいな。咲希、いい匂いがする」
「そ、そそ、そういうとこ、時々相澤くんってなんかイケメンでずるい」
「なんだよ、ずるいって。ずるいのはお前じゃんか。早く教えろよ、好きな奴がいるのか、いないのか。……もしいるならソイツより俺を好きになってもらう。お前に振り向いてもらいたいから、あの手この手でお前を攻めようと思ってんだけど?」
「あ、相澤くん?」

 ちょ、ちょっとそれって、まるで相澤くんが私を好きみたいに聞こえるんだけど……冗談だよね?

「あ、あのっ、私ね」
「んっ? 言う気になった?」

 私が相澤くんに今の自分の気持ちを正直に素直に伝えようとした時だった。

「咲希〜? 相澤く〜ん? どこ〜?」
「咲希、相澤くん、もうそろそろ出発するぞ〜」

 パパとママが私たちを呼ぶ声がして、私と相澤くんは慌ててパッと離れた。

「咲希、あとで質問の返事聞かせてくれるよな?」
「う、うん……」

 私の背中にほっぺにあちこちに、相澤くんのぬくもりが残ってる。
 離れたら寂しいだなんて、……相澤くんにこんな感情が湧くなんて私、どうしてだろう?

         🌸

 目を開けると、車はスキー場に着いていた。
 車窓からは白銀の世界が広がっている。雪は降ってはいない。
 しらじらとした夜明けが近い空は闇にうっすら帳一枚分朝日の光が届きだしている。
 そういや昨夜チェックした天気予報、今日はスキー場の辺りには晴れの予報が出てたなあ。
 まだ起きたてで眠くて。私はぼんやりとそんなことを考えていたんだけど。

 寝ぼけてた私は、急にハッとした。
 きゃーっ、眠ってる相澤くんの顔がすぐそばにある!

 肩を寄せ合って、いつの間にか眠ってしまったみたい。
 私は離れるのも忍びないような寂しい気がして、そのままじっとしてた。

 そういやパパとママはどこに行ったんだろう?
 珈琲でも買いに行ったのかな?

「……おはよ」
「お、おはようっ、相澤くん」

 目を覚ました相澤くんの顔がすぐそばだったから、私は慌てて離れた。
 すると、「一回抱きしめさせて」って追うように相澤くんの甘えたような声がする。

「いいけど……」
「おはよう、咲希」

 きゃーっ、きゃーっ!
 相澤くんに抱きしめられて私は体が緊張で固まる。体がカッと熱くなる。
 公園でのやり取りを思い出して余計に頭が沸騰しそうだった。

 塩対応の相澤くんがすっかり姿を潜めて、甘々な相澤くんが全開で。
 まるで私の知らない相澤くんみたいでドキドキする。

「ばあか、なに俺に緊張してんだよ。プハハッ……。咲希、俺のこと意識してんの? 単純な奴。わかり易すぎんだろ」

 な、なにそのニヤッと悪戯な微笑みは!
 やっぱり塩っ! バカにしてる。
 相澤くんは、安定の塩対応だった〜。


   ⛷

 真っ白の雪にお日様の陽光が反射して、きらきらすっごく眩しい。
 純白の雪景色が綺麗……。
 木々にも積もった雪に、先の先まで続く雪の斜面はどこまでも白い。

 思ったより暖かいなあ。
 ゴーグルを付けてスノボーのウエアを着た相澤くんは、颯爽と雪山を滑っていく。悔しいけどかっこいい。

 私はスキーは何度もやっているので、とりあえず転ばずに頂上から下まで難しいコースじゃなければゲレンデを滑ってこれる。
 でも、相澤くんがスノーボードをやるなら、スキーしかやったことがないけどスノーボードをやってみようかなって、今日初挑戦してみた。

 相澤くんが手取り足取り教えてくれる。
 普段の塩対応も吹っ飛ぶ、丁寧で熱心な相澤くん。
 なにより、やさ、優し〜い!

「へっぴり腰になんなよ。重心は前の膝に怖がらずに! 咲希はスキーは上手いんだからすぐ出来るようになる」
「うっ、うん」

 スキーとは勝手が違う。
 スノボーは一枚の板に両方の足を載せるし、ストックもないもん。
 ちょっと怖いよ。

「エッジを利かせて止まるんだ。怖かったら板を横にしてスピードを落とせ」
「うん、分かった〜」

 相澤くんはゆっくりと私に合わせて接触しない絶妙な距離感で並走して、声を掛けてくれる。
 三時間ぐらい滑ったら私は、ゆっくりだけどスノーボードで初心者コースをあんまり派手に転ばずに、滑って下りられるようになった。
 まあまあ上達したかな〜。
 なんとか感覚は掴めたような……。
 これもそれも付きっきりで教えてくれた相澤くんのおかげだよ〜。

「相澤くん、ありがとう。ちょっとは滑れるようになったよ」
「いいえ、どういたしまして。まっ、咲希はスキーで下地もあったし。あんがいお前ってのみ込み早いのな。ふははっ、トロいかと思ってた。感心したよ」
「なんか余計なひとことがあったような」
「そうか〜? 褒めたつもりなんだけど」
「……褒められた気がしない」

 私がぷーっと膨れると、相澤くんがわざわざ手袋を外して、私のほっぺたをぎゅむっとつまむ。

「む〜っ、つまんだりしないでよ」
「フフッ。なあ咲希、そろそろ休憩しようぜ。昼にしても良い時間だよなあ。……店長と奥さん、待ってるかもな」
「そうそう。パパとママ、お昼にはあそこのレストハウスで待ち合わせしようって言ってたよね。来てるかな?」

 相澤くんと私はスノーボードの板を外して、レストハウスの入口横の置き場所に立てかける。
 スノボーやスキーのブーツは全体的に固くて歩きづらい。

 私は転ばないようによちよちペンギンみたいに歩いてたのに、日陰のアイスバーンになって雪がつるつるガチガチのところで足をとられちゃった!

「きゃあっ!」
「咲希っ」

 すぐ後ろにいた相澤くんが転びかけた私の体を、がしっと抱きとめてくれる。
 相澤くんに掴まったら、彼のたくましい腕の筋肉を感じる。
 ドキドキ……、胸の鼓動は早鐘のごとく高鳴り、私の心が甘いその声の響きにギュッと切なく痛む。

「大丈夫か? 怪我してないか?」
「うっ、うん。ありがとう」
「まったく危なかっしいよな、お前。気をつけて歩いてるっぽかったのに……ドジ」
「うー、そんなに言わなくても良いじゃない」
「俺がついててやるよ、いつだって」
「へっ?」

 力強い相澤くんの瞳が私を見てる。
 相澤くんって、そんじょそこいらの可愛い女子に負けない綺麗な顔をしてるけど、こんな場面はすごく男らしさを感じる。

「出来るだけそばにいてお前を守ってやる。 (俺はあんたが好きだから)
「えっ――? 相澤くん、今なんて言った? スキー場のサビが絶好調な曲が大きすぎてよく聴こえなかった」
「二度も言わねえよっ!」

 私はこれからも相澤くんの塩対応と甘々なギャップに振り回されそうです。

 雪山の日陰でスッテンと転んだ私は、助けてくれた彼のたくましい筋肉にちょっとドキッ! としてしまった〜。その場面やら毛布の中で手を繋ぎあったこととか、抱きしめられたのが何度も頭をよぎって。
 私は勝手に思い出しては恥ずかしくなって、顔が火照って赤くなっちゃう。

「相澤くん、ランチは何を食べる〜?」
「やっぱ雪山は、スキー場じゃカレーかラーメンじゃねえの」
「私はピザとかパスタが良いなあ」
「あるの、ピザ?」
「ここのスキー場ってあったと思うよ〜」

 他愛のない会話、相澤くんと過ごす時間、私はすっごく楽しい。
 ……そういや、あの質問にまだ返事してなかったなあ。
 相澤くんが忘れてたら、自分からわざわざ言わなくっても良いかなとか思ってたんだけど。


 ――そう、相澤くんが忘れてるわけがなかった。
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