我妻教育

4.谷間と内ももと、決意

松葉学院高等部の校門を出てすぐにあるバス停で、列に並び、バスを待っている。

我が婚約者(仮)の未礼と、その友人の赤い髪をした桧周という名の男と、私の三人で。

すでに長い列が出来ているバス停の横を、送迎車が悠々とすり抜けてゆくさまを視界の端で感じながら、
「本当にバスで登下校されているのですか?」
もう一度、横に立つ未礼にたずねた。

「うん。そうだよ」

「おじい様やお父様は心配されないのですか?」

「しないよ〜。
さっきも言ったけど、あたしは好きにさせてもらってるんだ。
だって送り迎えされてたら友達と一緒に帰ったり遊んだり出来ないでしょ?」
「…それはそうですけれど」

「うちの高校、その辺のガッコよりは金持ち連中が多いみてぇだけど、高校生にもなりゃな、皆が皆送迎してもらってるわけじゃねぇし」
私のうしろで、あまり荷物の入ってなさそうなスクールバッグを肩にかけ、姿勢悪く突っ立っている桧周の声が、頭上から降ってくる。

「…でも啓志郎くん、大丈夫?
バス乗ったことないでしょ?やっぱり車呼ぼうか?」
心配そうに未礼が私を見つめる。

「いいえ、心配には及びません」
男として、婚約者に心配されるなど恥ずべきことである。
バスくらいどうということはない。



「おい、かばんもってやろうか」

あわただしくバスに乗りこむ人の波にのまれそうになる私の腕を、桧周のごつごつした大きな手がつかんだ。

「気づかいは無用だ」
「…ったく、可愛くねぇガキだな」
私がその手を払いのけると、桧周は視線をそらし、ぶつくさとつぶやいた。


バスの中は、あっという間に人でぎゅうぎゅう詰めになった。

人ごみに流されその場に立っているのもままならない。
何ということだ。
すしづめ、などという言葉があるが、それがこれか、と実感した。


「啓志郎くん、こっち。こっちおいで」

手すりを確保した未礼が、私を手招きし、手すりにつかまらせてくれた。

バスが発車し、混雑する車内がゆれる。

誰かの荷物が私の頭にぶつかり、手すりから手が離れそうになる私を、未礼は腕をまわして自分のふところに引き寄せた。

「窮屈でも、少しがまんしてね」
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