執事の憂鬱(Melty Kiss)
3.罠
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清水が大学を卒業する日。
桜のつぼみが膨らみ始めた、うす曇の日だったように記憶している。


『ヒデさん、卒業おめでとう』

卒業生でもないくせに、何故かスーツ姿でバシっと決めている紫馬がそう言った。

『ありがとう』

紫馬はどこか忙しない。
これから、何かあるんだろうか?

清水は、聞きだせずに居た。
自分だって、これからゼミの仲間と飲みだ。
引き止めるわけにはいかなかった。

『あのさ。
何か困ったことがあったら、絶対に一番に俺に電話してきてよ。
絶対に電話番号変えないから』

絶対だよ、と。
しつこいほど「絶対」を繰り返し、紫馬がいつになく真剣な瞳で言った。


本当は、そのときに気づくべきだったのだ。
自分が既に罠に掛かっていたということに。


だけど。
医学部生の紫馬が社会問題に精通しているなんて夢にも思っていなかったから、そのときの清水の耳には紫馬の言葉は「元気でね」と同義語にしか聞こえなかったのだ。

にこり、と。愛くるしいほどの笑顔を浮かべると、くるりと紫馬は踵を返した。
スーツのポケットからケータイ電話を取り出すと、誰かと話しながら足早に去っていく。

その後姿が、妙に大人びて見えたのは覚えている。

けれども、その時、紫馬の表情がどれほど厳しいものだったのか、彼がそれからどんな凄惨な現場へと足を運んで行ったのかなんて。
当時の清水は想像さえしなかった。

まさか、彼が極道だなんて、夢想だにしなかった頃だったから。
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