初めては心から好きだって思える人に奉げたいの。

今どきそんな風に純粋に思っている女の子なんて、天然記念物並みに珍しいのかもしれないけれど。

それでもあたしの初めてはアベルに奉げたい―――そう思っていた。

けれど現実は違う。

両手の自由を奪われ、抵抗すらできない状態で、どこのだれとも知れない男に、身も、心も、まだ微かに残っているアベルの感触さえも、何もかも全てを奪われそうになっている―――そう思ったら、何だか舌を噛み切って死んでしまいたい気分だった。

身体中を這いずり回る舌の感触が、指の感触が、妙に生々しくて吐きそうなくらい、気持ちが悪い。

「――……っ、アベル、アベルっ!」

いくら呼んでも無駄なのは分かっていたけれど、それでも呼ばずにはいられなかった。

ピンチに陥ったとき、アベルはいつでも助けに来てくれたから。

だから。


「―――っ、止めろっ!」


耳がその声を拾い上げた時、あたしはものすごくリアルな夢を見ているんだと思った。

縛られた手首の痛みだったり、殴られた頬や鳩尾が痛むのは、何だか少し変だったけれど、世の中には夢でも痛みを感じる体質の人がいて、まさしく自分もそれなんだって思った。

だってそう思わないと今、目の前で起こっていることが説明できなくなるから。

「――……っ、なっ、だ……誰だっ!?」

突然響いたその声に身体を押さえつけていたピアス男が、狼狽えた様子で身体を起こそうとする。

それよりも一瞬早く、目の前からピアス男の姿が消えてなくなったと思ったら、圧し掛かっていた重みがなくなって、身体が一気に軽くなった。

何が起きたのか理解できなくて、状況を把握しようと自由にならない身体をもぞもぞと動かす。

どうにかこうにか、やっとの思いで、上半身を起こしたところで、少し離れた場所で縺れ合う―――というよりは一方的に床に捻じ伏せられているピアス男の姿が目に飛び込んできた。

さっきまで覗かせていた獣のような獰猛さは一転、ピアス男はその表情を恐怖に歪ませて、がたがたと震えている。

まるで化け物でも見たような怯え方のピアス男を訝しんでいたら、ピアス男の首の辺りで、銀色の何かが煌めいたことに気づいた。

(―――……あれ、は)

枠組みだけの窓から差し込む月明かりを反射する、見慣れた煌めきに目を見開く。

それは日本では美術館や展覧会くらいでしか、見ることのできないもので、仮に趣味で集めている人がいたとしても、それを持ち歩いたり、ましてや人に向けたりなんかすれば、銃刀法違反でたちまち警察に捕まってしまうような代物だ。

どくり、と大きな音を立てて、心臓が跳ね上がる。

うるさいくらい早まる鼓動に急かされ、銀色に煌めく刀身を追いかけて、ゆっくりと視線を上へ移動させたあたしは、視界に捉えたその姿に呼吸が止まりそうになった。