「はあ……あと十日かあ」

溜め息とともに漏れた声が、立ち込める湯気で、白く曇る浴室内に響く。

十五日間、という時間は長いようでいて、意外と短く、気がつけば、何の進展もないまま、もう既に五日も無駄に時間を費やしてしまっている。

話さなきゃいけない、と頭では分かっていても、パパやママの顔を見ると、どうしても踏ん切りがつかず、ずしん、と圧しかかるプレッシャーに、きりきりと締めつける胃の痛みだけが、日を追うごとに増してゆく。

情けない。本当に情けない。

奈落の谷底に突き落とされそうになったり、魔物に追いかけられたり、日本に戻ってきてからだって、様々な受難の憂き目に曝されて、それなりに根性は鍛えられたつもりでいたのに、一体、何なのだろうか。このへたれっぷりは。

はあ、とまた一つ。

浴室に籠もる湯気に溶けようとした陰鬱な溜め息を。

「ふふふふ~ん、ふ~ん、はあ~、どっこいせ、そ~りゃせ」

小節の利いた鼻歌が掻き消す。

「…………あんたは暢気でいいわね」

ひくり、と表情筋が引き攣るのを感じながら、お湯を張った浴槽に浮ぶ桶の中で、両手両足を伸ばして、寛(くつろ)ぐアルトゥールをじろり、と睨みつけるものの、アルトゥールはどこ吹く風やらで、ふふふ~ん、と楽しげに鼻歌を口遊(ずさ)むばかり。

市松模様の手拭いを頭に乗せ、二日前に覚えたという演歌を口遊むその様は、欧米文化の影響を多大に受け、らしさを失いつつある現代日本人のそれよりも、よっぽどか日本人らしく、語学と伝統文化を学ぶため、日本に留学した、という話も、強ち嘘ではないんじゃなかろうか、と思ってしまったほどだ。

そんなアルトゥールがなぜ成瀬家の浴槽に浮ぶ小さな桶の中で寛いでいるかというと、事の発端は遡ること六日前。

久々の再会を果たし、喜び合ったまでは良かったものの、月が満ちるまでの十数日間、アルトゥールをどう匿(かくま)うべきか、あたしはその方法に大いに頭を悩ませることとなった。

伸縮自在のあの濃紫色の天幕があるから、寝泊りの心配なら無用だって、アルトゥールは言い張ったけれど、さすがに路上生活をさせるわけにはいかない。

日本にいる限り、魔物に襲われるって心配は皆無にしろ、自分がそうであったように、いつどこで事件に巻き込まれるか分からないのだ。