さわさわと心地いい葉擦れの音が鼓膜を優しく揺らす。
 
 頬を撫でる風が鼻先に運ぶのは青々とした草原が育んだ大地の香り。

 緩やかな速度で身体が落ちてゆくのを感じながら、ふわり、と鼻先をくすぐった懐かしい香りに、ふうっ、と瞼を開く。

(―――ああ、帰ってきたんだ)

 真っ先に視界に飛び込んできたのは、夜の空に無数に散らばる銀色の瞬きと、紅色に染まった大きな月。

 地球のものとは明らかに異なるその月には満ち欠けというものがなく、通年を通していつだってまあるい姿をしている。ツキオウが封印される以前は、地球で見られるものと同じ琥珀色をしていたそうだけれど、今はまるで血を吸い上げたみたいな真紅に染まっている。

 見ているだけで人を不安にさせる色。

 けれどもその色ですら今はただただ懐かしい。

 手を伸ばせば銀色に瞬くその欠片を掴めるんじゃないか、ってくらいの高さから落下しているにもかかわらず、落ち着いていられるのは絶対的な信頼を寄せているから――――いついつ帰るね、って、事前に話したわけじゃないけれど予感がするんだ。

 彼なら絶対にそこにいてくれるって。

 仰向けの状態で落ちていく身体を、うんせ、と捻って向きを変えてみる。

 まず目に入ったのは吹く風に揺られて波のようにさざめく草原。深い闇に包まれて静かな眠りに就く森。小さな灯かりがぽつり、ぽつり、と燈る街並み。広大な草原の間をうねりながら流れる川。
 そうしてそれらを一望できる小高い丘。

 そここそがあたしと彼を繋いでくれた場所。そここそがあたしを紡ぐ全てが始まった場所。


 ――――――だから。


(ああ、見つけた)


 すべてを見渡せる丘の上に海の底よりも深い藍色の瞳を見つけて。


 ――――――ほらね。


 あたしはゆっくりと自分の腕を伸ばした。