吸血鬼の花嫁
終章





ここへ来て、どのくらい経ったんだろう。

何度か季節が巡ったことは覚えている。

いつしか私は、月日を数えなくなっていた。


時折、上手く言葉に出来ない違和感が、頭の隅を過ぎった。

特にそれは、鏡を覗き込んだ時によく起こる。


なんなのだろう。


私は小首を傾げた。


不安に似た、この気持ちは。


「ふーん、そろそろなのか」


ユゼの書斎で暦を見ていたルーが、私の思考を遮るように呟いた。


「どうしたの?」

「あぁ、いや。そろそろ俺が生まれた季節だな、っと」

「ルーの誕生日?」

「正確な日にちまでは分からねぇけど、このぐらいの季節に生まれたらしくてさ」


この国では、新年が終わり、雪の降る日が少しずつ減る季節である。

ルーの故郷では滅多に雪は降らなかったそうだが。


「いつもは気にしないんだけど、暦を見てたらなんとなく思い出して」

「お祝いしましょう」


考えるより先に口に出していた。

季節感の薄いこの館では、次に祝えるのが何年後になるか分からない。

だったら、すぐにやってしまった方がいい。


「いいって、別に」

「駄目よ」


困ったように頬をかいたルーは、無言でユゼに助けを求めた。

机に座っているユゼは、私たちの会話が聞こえないふりをしている。


「でも、祝うったって、何をして?」

「ご馳走を食べて、プレゼントを渡して」

「で、そのご馳走の材料はどこにあるんだ?」

「そ、それは…」


館にはある程度食料があるが、ご馳走を作るような備蓄はなかった。

必要があるなら、ルーに買ってきてもらうしかない。

主賓のルーに。


「……」


押し黙った私を見て、ルーが小さく呻きながら頭を抱えた。


「……分かったよ。買いに行けばいいんだろ、買いに行けば」

「ありがとうっ」

「気をつけて行ってくるように」


ユゼの労いの言葉に、ルーが力なく、はははと笑う。

そして、私を茶の瞳で見上げた。


「その代わり、盛大に祝ってくれよ」

「任せといて」

もちろん、そのつもりである。



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