恋ジグザグ~“好き”と素直に言えなくて~
Act.9 「放蕩息子、帰る」
あたしンちは浅草の仲見世にある老舗の“お茶屋さん”で、同じく老舗でおにーちゃんの実家でもある“おせんべい屋さん”とはお隣さん同士の位置関係にある。

だから学校から帰ってくるときには、まずいつもおせんべい屋さんの店先を通り、そして自分ちに入ることになる。


おせんべい屋さんの店先のガラス越しには、おやっさん――つまり、おにーちゃんの父親がほぼ一日中まったく同じ場所で、1年365日、毎日毎日飽きもしないでおせんべいを焼き続けている。

頑固一徹、口数も少なく黙々とおせんべいを焼き続ける職人気質のおやっさんだけど、その顔じゅうに深く刻み込まれたシワは、まるで樹木の切り口に見られる年輪のように見えて、ひとりの職人が費やしてきた人生という名の歴史の長さを物語っていた。


ところが……、


ある日、いつものように学校から帰ってくると、おせんぺい屋さんの店先のガラスの向こうにおやっさんの姿はなくて、代わりに他の若い男のヒトがいつもおやっさんがいる場所でおせんべいを焼いていた。

だけど、あたしは“おやっさん、トイレにでも行ってるのかな?”くらいにしか思わず、たいして気にすることもなくお隣さんである自分ちへと入っていってしまう。



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