Symphony V
心当たりがどうしても思い出せない。困惑した表情の唯を見て、楽しそうに男は呟いた。

「いいねぇ…その顔。自分には心当たりがない、と?」

言われて答えに困った。

「ない、と思う。けど…」

「けど?」

「…けど、知らないあいだに、やってるのかもしれない」

それを聞いて、男はさらに楽しそうに笑う。

「無意識のうち、といいたいわけだ。ふふ、悔しいかい?腹がたつかい?」

聞かれて唯は少し戸惑った。


あ…れ…?なんか、それは違うような気が…


少し考えて、唯はハッとした。

「ちがう、それよりも…こう…気持ち悪いんだ」

「気持ち悪い?」

「理由がわからないから、気持ち悪いんだ。だって、私に心当たりが思いつかないから」

「ほう…」

「無意識のうちでも、私が酷いことをしたのなら、それはちゃんと謝らなくちゃ。だけど、ほんとに私には関係のないことなら、おとなしく殺されてあげる理由もないもん」


理由があったところて、殺されるのはまっぴらだが、少なくとも、自分の命が狙われる理由は知りたい。

「では、君には時間をあげよう」

「え?」

「猶予は2日。その間に、理由を見つけてみたまえ」

まるでゲームでも楽しむかのような男の声。

「そうだね、僕は君が気に入った。ふふっ、だから君にはヒントをあげよう」

「…ヒント?」

唯はゴクッと唾を飲み込んだ。

「5年前の家族旅行。それを調べてごらん」

「え?」

「振り向いてはいけないよ」

その言葉を最後に、喉に突きつけられていたナイフも、人も、その場から消えていった。

< 111 / 247 >

この作品のキーワード

この作品をシェア

pagetop