「あ……」

「あっ!」


 浩平と鉢合わせた。


「アヤ! 珍しいな。どうしたんだよ、オマエも参考書買いにきたのか?」


 赤本を手に、なぜか嬉しそうな笑顔で近寄ってくる浩平。


「そういえば今日、オマエの誕生日だな。おめでとう」


 今日はじめての、オメデトウだった。

 その屈託のない笑顔に、瞳を覆う涙の膜が厚みを増して零れ落ちそうになる。

 ただおめでとうって誕生日を祝ってもらえたこと。
 たったそれだけのことなのに嬉しくて泣いてしまいそうになるなんて……

 そのことが嫌で、私は顔を手で隠すと浩平に背を向け走り出した。


「おい、何で逃げるんだよ!」


 浩平の声が私を追いかけてくる。

 学校の帰りに私の家へ寄って、少し喋ってプリントを置いて帰っていく。

 たったそれだけの短い時間なのに、私と一番話してくれるのは浩平だった。
 学校へ通っていた頃も、行かなくなった今も、変わらず接してくれて、そっけない態度を取っていても、放っておいてくれない。

 そんなのは、浩平だけだった。

 学校へいっていた頃は友達も多くて、一日何十回と携帯電話は私を呼んでいた。
 いつも誰かとメールのやり取りをしていたり、深夜に長電話をしたりしていた。

 なのに、今は誰も私を呼ばない。

 私の名前を読んでくれるのは、浩平だけだった。
 なのに、私は浩平から逃げ出す。

 どうして学校にこないのかとか、高校はどうするのかとか、お母さんもお父さんももう諦めて聞いてこないことを聞いてくる浩平が嫌だった。

 でも、そんな浩平を疎ましく思う自分が何より嫌い。
 浩平はこんなにも私に良くしてくれているのに……


「アヤ!」


 本屋を出て十メートルほど行ったところで、追いかけてきた浩平に腕を掴まれる。


「なんで逃げるんだよ」

「逃げてない!」


 走っている間に涙は乾いていたけれど、私は浩平の顔を見られない。
 浩平の手を振り払ってしまうのは簡単なのに、体が動かない。
 振り払えない。


「嘘つけ。思いっきり逃げてんじゃねぇか」

「浩平だって気づかなかったの!」

「思いっきり目が合って話しかけたじゃん……」


 怒った声が呆れた苦笑に変わり、それから曇った。


「アヤ、やっぱりオマエって……オレのこと嫌い?」


 驚いて浩平の方を向くと、俯いた浩平のつむじしか見えなかった。


「ごめん。本当はずっと前から担任にも止められてたんだ。そっとしておいてやれって……なのに、ごめんな。毎日家に押しかけたりして、迷惑だよな」


 三月の暖かい日差しに照らされているのに、冷たい風が吹いて指先が震えた。

 浩平の手が、私の手から離れる。

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