もてまん
デートの段取り



土曜日、二時、ロレアルマンション。




『ピンポン』

と、繁徳は玄関の赤いボタンを押した。

内側からドアが開く。

白く殺風景な玄関には、薄化粧の千鶴子が立っていた。


(あれっ、靴がある)


玄関には白い夏物の女性用サンダルが綺麗に揃えて脱いであった。


「舞、来てるんですか?」


繁徳は驚いて、千鶴子に尋ねた。


「ああ、今日の午後あんたが来るって言ったらね、じゃあそれまでお邪魔しますって。一時頃から弾いてるよ」

練習室の小窓から、ピアノを弾く舞の後姿が見えた。

微かなピアノの音が聞こえる。

窓から伺う舞の指は驚くほど早く動いていて、繁徳は感心して眺めた。


「舞、勘、戻ったのかな」

「そうだね、大分いいんじゃないかい、あの様子だと」

「なんだ、千鶴子さんも聴いてないんですか、舞の演奏」

「舞ちゃんが、いいって言うまでね、待ってるのさ。年寄りは気が長いからね」

「年寄りは気が短いんじゃないんですか?」

「ことによるのさ。今まで生きてきたんだ、この数週間、数ヶ月なんてほんの一瞬さ」


千鶴子は、舞の様子を気にも留めず、表情一つ変えなかった。
< 131 / 340 >

この作品をシェア

pagetop