桃園むくげXX歳である。
齋院の客、年の頃65歳である。
 ソフトクリームはアイスよりコーンの方が気になった8歳
 登山遠足は裾で山の形を眺める方が好きだった12歳
 
 それらの感情がヒエラルキーの解説でおなじみ「円錐形」に機縁することに気づいたのはいつの頃だったか。
 
 斎院あおい、キャバクラ嬢である。
 よろしく。
 
 私はとある客と文通的な、本通と言うのをしている。
 本を読むという話をしたところ、客が推理小説を貸してくれた。

 次に来る時に感想や推理を聞こうとだけ言って、別れてから三ヶ月。
 来店時に本の感想を語ると、男は私に本を貸したことを忘れていたようできょとんとしたが、読書友達ができたとばかりに、また本を貸してきた。

 前の本を次に返すから今度いつ来るか教えて欲しいと言ったが、本はやるとだけ告げられた。それからその男との本通が始まったのである。
 
 男が来ると約束した日。
 私は出勤前に本屋へ寄って、新刊コーナーで適当な文庫を2冊買い、1冊を男へ渡した。もらってばかりも気が引けるのである。

「あおいはこういう本が好みなのか」
「適当に買ってみた。私も読んでみるから、今度はこの感想を語ろう」

 他の話は何もしないのに、本のページ越しに互いの趣味趣向をわかり合えた。
 酒に溺れるのより、欲で溶け合うのより、ずっと深かった。

 次の来店を即する営業メールを送る際、しばらくは無理と返された場合には、指定の本を買って読んでおけ、と指令を送ることにしていた。
 来店が伸び、積読が増える中で、いつもと様子の違ったメールが届いた。
 彼の奥様からである。まぁ存在は知っていたので驚くこともない。
 驚くべきは彼との永遠の別れであった。夫人は私に病床に積まれた本を遺品として渡した。私が読んでおけと指令した本たちであった。
 当然私も持っているが、何とも言わずに頂いて帰った。

 不思議なものである。
 家に同じ本が二冊。
 版もカバーも中身さえ同じであるのに、
 張られた付箋や、くたびれたカバーそして
 所有者に思い出があるだけで、全く違った本に見えるのだから。
 
 あおい、山はいいな。
 お前も好きだろう、円錐の形をしているから。

 男がウィスキーを片手にそう言って笑った。
 ニヒルな口元を思い出しながら、私はページをめくる。

 男がキープしていたボトルをロックで飲みながら、男ならなんと本の感想を言うだろう。そんな事を考えながらページをめくり、私は指名を待っている。

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