ここは駅ビルの大型デパート。
果林はここの受付で働いている。「コンシェルジュコーナー」と銘打たれたこの場所で、お客様からのリクエストを聞いて対処したり、館内放送や案内をしたりという、さまざまな業務を担当しているのだ。

キラキラした空間に半日いると、前はクラクラしていたが、働き始めて1ヶ月、だんだんデパートの中のできごとが「普段の光景」になってきた。

「果林ちゃん、こちらのお客様、担当してもらえる?」
女性スタッフの先輩に小声で言われ、果林は急いで対応にかかる。

「はいっ。いらっしゃいませ、いかがなさいましたか?」

受付カウンターは優雅にみえるけれど、これが結構、戦場状態。
カウンターに女性スタッフは3人、男性スタッフは2人いるが、お客様が押し寄せるとてんてこ舞いだ。

果林のお客は初老の女性で、買った商品を宅急便で送る方法を尋ねたので、荷物を一緒に持ちながら、果林は彼女を案内した。

「ありがとうねぇ。荷物まで持ってもらって」
女性は別れる時、笑顔を果林にむけた。

「いいえ。またいつでもお尋ね下さいね」
果林にとってこの瞬間が、仕事のやりがいを感じられる時だった。

優しい気持ちの余韻に浸り、エスカレーターを下りた時、前を歩いていた人が紙袋を取り落とし、バサバサと中身を散乱させてしまった。

「大丈夫ですか!」
果林は手を伸ばし、「あ!」と小さくつぶやいた。

ツェルニー、ソナタ、ソナチネ…
それはピアノの練習曲の載った本だったのだ。

「すみません、手伝ってもらっちゃって」
そう言ってこちらを見た男性にも、果林は内心びっくりした。

寝癖でハネた髪、少しクマが目立つ顔、ポロシャツのボタンは、掛け違えているのだろうか?

このきらびやかなデパートに迷い込んだのではないか、そんな感じを抱かせる男性だったのだ。

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