ぼくたちは一生懸命な恋をしている
7.かなで
今朝のあいりは機嫌がよかった。理由を聞けばヘタクソな嘘ではぐらかされたが、オレは知っている。今日、あいりが駿河と一緒に実家へ行くことを。

丈司の結婚を祝ってやるらしい。まったく、どうかしている。いい年をした男が未成年の学生を妊娠させたんだぞ。しかも、そのおかげで仕事をクビになって、今のアイツは失業中。塾の講師をやっていながら生徒と変わらない歳の子に手を出したのだから、当然の結果だ。この件は、下手をすればマスコミに面白おかしく書き立てられる可能性もあった。自分が著名人の子どもであり兄である自覚がまるでない。そんな愚か者を、どう祝えっていうんだ。

でも、あいりは世間体のことなんて考えもしない。結婚という事実だけを純粋に捉えている。その無知や単純さが、腹立たしいし、羨ましくもある。双子なのに、オレたちはどうしてこうも違うのか。オレは丈司を絶対に許せない。
駿河もよく平気な顔して付き合えるものだ。駿河と丈司は互いに天敵のようなもので、昔から競い合ってはケンカばかりしていた。それだけ張り合い甲斐のある者同士だったってことだが、ここにきて、丈司のこの体たらく。駿河はどう思っているのだろう。

「どうしたの?なんだか恐い顔してる」

ルームミラー越しに相川さんと目が合った。ハンドルを握る彼女は、オレのマネージャーだ。今日は都内のスタジオで雑誌の撮影があるため、車で送迎してくれている。
相川さんは、もともと母さんと同じグループでアイドルをしていた。グループを卒業後に女優へ転身し、三十代前半で表舞台から引退。所属していた事務所の裏方として働いている今でも、体のラインが強調されるパンツスーツを着こなす美貌は衰えていない。母さんは付き合いの長いこの友人にオレを託していった。
信頼のおける人だ。でも、甘えられる人ではない。

「ちょっと緊張してるんです」

「かなでくんも緊張することがあるのね。いつも物怖じせず堂々としてるから、意外」

「いやいや。わりと小心者なんですよ、オレ」

適当にごまかせば、相川さんはそれ以上追及してこなかった。
後部座席で一人、窓の外を眺める。土曜の朝、混み合う場所を避けて回り道をしているらしく、景色はスムーズに流れていく。間もなくスタジオに到着するだろう。そろそろ切り替えなければ。無邪気で、素直で、誰からも愛される完璧な百瀬かなでに。
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