ぼくたちは一生懸命な恋をしている
9.あいり
今日、初めて円香ちゃんと隼くんと三人そろって学校の中庭でお弁当を食べた。お天気もよくて、分け合ったおかずはおいしくて。二人が友だちになってくれて、今まで知らなかったいろんな気持ちを教えてもらってる。
お弁当を食べ終わったころ、話の流れでお母さんとの約束を思い出して、三人で写真を撮った。円香ちゃんは美人さんだし、隼くんは可愛いし、自慢の友だちだから、お母さんにも好きになってほしい。

メールに添付する写真をスマホから選んでたら、丈司お兄ちゃんとマリアさんのお祝いをしたときの写真が出てきた。こっちは、その日のうちに全部送ってあげたけど、ついつい見返してしまうのは素敵な思い出だから。
楽しかったなぁ。あれから、もう一週間になるんだ。


大切な人の喜ぶ顔を思い浮かべると、ついはりきってしまう。私は駿河くんと一緒に、わくわくしながらプレゼントを用意した。ケーキに花束、ペアのマグカップ、お金は駿河くんが出してくれたから、私は腕によりをかけて、気持ちをこめたお料理を作って。その日二人が家にいることだけ駿河くんに確認してもらって、何も知らせないまま実家に行った。せっかくなら驚かせたいと思ったから。

でも、知らせておいたほうがよかったと後悔した。私を見るなり、丈司お兄ちゃんとマリアさんは必死に頭を下げてきた。二人は私がかなでと同じように怒ってると思ってたみたい。

「あなたたちの居場所を奪ってしまって、本当にごめんなさい」

マリアさんの声はつらそうで、聞いていられなかった。
私は怒ってない。お祝いがしたかっただけ。誤解をときたくて、持ってきたプレゼントを目の前に並べると、二人は信じられないって感じで目を見開いて、それから泣き出してしまった。なんとかなだめて、私の気持ちを伝えたら、マリアさんは笑ってくれたけど、丈司お兄ちゃんはまた泣いた。泣いてるからか、前より痩せてしまったように見えた。

お花を飾って、お料理やケーキを食べて。プレゼントしたマグカップにお茶が入った頃には、私たちはすっかり打ち解けてた。ほんとのマリアさんは、とっても優しくて、年上の駿河くんにもハッキリとものを言う気持ちのいい人で。色白で髪の毛が薄い茶色なのはハーフだからなんだって。だからお人形みたいに綺麗なんだ。知れば知るほど私はマリアさんが大好きになった。

ひとつだけ気になったのは、丈司お兄ちゃんがずっとお家にいたこと。この日は土曜日で、いつもなら生徒さんのために早い時間から出勤してるはずだった。

「今日は、塾はお休みなんだね」

なにげなく聞いてみたら。

「塾は、辞めたんだ」

思いがけない返事だった。
どうして?大変そうだったけど、あんなにいきいきと働いてたのに。「この仕事が好きだ」って言ってたのに。
あふれる疑問が言葉になる前に、駿河くんからそっと背中をなでられた。

「丈司はマリアちゃんのために仕事を辞めたんだよ」

「マリアさんのため?」

「そう。これからマリアちゃんや生まれてくる子を養っていくために、もっといい仕事を探してるんだ。だから応援してあげて」

それは、私の知らない世界のこと。一生懸命お仕事をがんばったことのある人にしかわからないこと。駿河くんの深い茶色の瞳を見て、そう思った。

「丈司お兄ちゃん、がんばってね」

こんなことしか言えない子どもの私に、それでも丈司お兄ちゃんは「ありがとう」って言ってくれた。

最後に四人で記念写真を撮って、別れ際。

「あいり。かなでは元気か?」

この日はじめて、丈司お兄ちゃんの口からかなでの名前を聞いた。

「アイツは頭が良いが、良すぎて簡単なことを難しく考えすぎる癖がある。もし何かあったときは、あいりが助けてやってくれ」

俺は今、何もしてやれないから。寂しそうにつぶやく声が切なかった。

「うん。今度はかなでも一緒にみんなで家族写真を撮ろうね」

また来るよ、と約束して手を振った。


よみがえる記憶に思いをめぐらせながら、送信ボタンを押した。この写真を見て、お母さんが喜んでくれますように。
パソコンを閉じて、リビングを見渡す。しん、と静か。駿河くんはめずらしく残業で遅くなるって。それにしても、静か。まるで私以外に誰もいないみたい。
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