流華の楔
「にしても、この子がどこかの間者だったら困りますよねぇ〜」
「………」
その声に、皆が振り向く。
ここに来てからたいていの事に対して冷静でいられた和早も、顔に出さない程度に焦った。
その男はつかつかと和早の横に歩み寄りそこに座る。
「斎藤てめ……いつからいたんだよ。マジで神出鬼没だな」
「はは。まあこれが俺の性分なんで気にしないでください」
和早はその横顔をチラと見る。
「(この人……)」
斎藤と呼ばれた男。
先刻、和早に刀を突き付けた張本人。
話し方はともかく、実は切れ者なのだと、経験が語る。
「(……でも、)」
和早は間者ではない。
疑われたところで堂々と否定できる。
いざとなれば松平容保の名を出せばよいのだが、極力それは避けたい。
「……間者ではありません。私は“こちら側”の人間です」
「そ。ならいいけど」
俺には関係ないとでも言うように立ち上がり、ふらふらと出ていった。
「(…──読めないな…)」
今、彼は何を思ったのだろう。
瞳の奥底に、哀しみを抱いていたような──。
そんな気がしたけれど。
その時はあまり深く考えることなく──斎藤の背を見送った。
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