闇夜の略奪者 The Best BondS-1
第四章『あの場所はいつも陽だまりの匂いがした』
【第四章】

 目を閉じて浮かぶのは断末魔の叫び声。
 銀の刃に滴る赤い滴だけが鮮烈に色を主張する。
 あの日、平和な世界は脆くも崩れ去った。
 否、綻びは随分前からあったのかもしれない。
 あの人を愛してしまったことが、きっと全ての始まりで全ての終焉でもあったのだ。
 ――後はただ、殺し続けるが我が定め。
 男は束の間の追憶から覚醒し、瞼をそっと持ち上げた。
 漆黒の瞳に映る感情は何一つ無い。
 いつもと変わらぬ殺戮という役目が、今日も彼を待っている。



 トルーアから影団の停船場へと続く林に囲まれた、馬車が二台並ぶのがやっとの細い一本道。昔は波止場までの馬車の定期便があったのだが、海賊船が占拠するようになってから撤廃されてしまった。お陰でこの道を通るのは海賊と、知らずに踏み込んだ一般人を狙う物盗りくらいだ。
 その道のど真ん中をエナとジストは堂々と闊歩していた。
 「本当に助けに行くの?」
 エナから事の成り行きの粗方を聞き終えたジストは不服そうな顔でエナに問うた。
 「うん。決めたの」
 エナは首に手を当てて頷いた。そこに包帯が巻かれているのは海水で化膿しかかった傷をジストが甲斐甲斐しく消毒した結果だ。
 彼は「あーあ」とわざとらしく息を吐き出し、頭の後ろで手を組んで空を仰ぐ。
 「男の為に脱ぐ肌なんか、ジストさん持ち併せてないのになぁ」
 「文句言うな。契約、成立したんだから」
 とはいえ、彼がその気になれば前言くらい簡単に翻すのだろうから契約という言葉が意味を成すかは甚だ疑わしい。が、今のところ契約を破棄するつもりはないようで、彼はへらっと笑った。
 「惚れた弱みにつけ込むなんて、小悪魔だなぁエナちゃんは」
 先ほど垣間見せた闇屋らしい雰囲気がまるで嘘かのような緩い発言はエナから会話する気力を奪っていく。
 「あれ? どうしたの、照れちゃった?」
 黙りこんだエナに更なる駄目押しを掛ける男を睨み付ける。
 「今の何処に照れる要素、あったか全然わかんないんだけど」
 かといって説明でもされだされた日にはそれこそ口を縫ってやりたくなるというもので。だからエナは話題を変える。
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