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デリシャス・ボディ
 
 彼女は、妖艶に微笑むと、慣れない僕を導いた。

 彼女の細く、しなやかな指先が。

 僕の頬を撫でてから、唇に、触れる。


「まずは、優しく抱きしめて……

 あたしの唇に、口づけをちょうだいね。

 シックス・ナイン」


「はい、Master(ますたー)」


 シックス・ナインと、僕の名前を優しく呼んでくれるMasterが。

 僕は、とても、好きだった。

 まるで、女神さまのような。

 Masterの言うコトは、絶対だと。

 真剣に頷いた僕に、彼女は、やぁね、と笑った。


「……今は……

 今だけは、恋人同士のつもりでしょう?

 こういう時は、名前を呼ぶのよ?」


「そ……そうなんですか?

 では、失礼して……平木(ひらき)様」


「あん、もう。

 ち・が・う・でしょう?

 名字じゃなくて、ファースト・ネームの方。

 呼び捨てで良いわ」


「え……

 じ……じゃあ。

 オリヱ(おりえ)……」


 ……ダ……ダメだ。

 ファースト・ネームを呼び捨て、なんて。

 いつもは、許されていないコトなのに……

 彼女の名前をそっと呼べば。

 何か、とてもイケナイコトをしているみたいだ。

 本当は、もっとイケナイコトを命令されているのに。

 これだけで、自分の顔が、紅くなるのが、判る。
 

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